piabuの不可思議blog~内なる光、世界に届け

ものすごく真面目に、本格的に、この世の真実を自分の不可思議体験をもとに探求しています。クラシック音楽の作曲は天使との共同作業です。

優も劣も上も下もない、完全に調和した世界を普段は瞑想しているのだから、当然オリンピックに興味など持っては行けないのかもしれないけれど、サッカーだけはいいや、ついでに柔道だけはいいやなんて思っているうちに、しっかりと寝不足になっている今日この頃。
始まる前はメイレレス氏が演出する開会式だけ興味を持っていて、日本がいくつメダルを取れるのかなんてどうでもよかったのだけれど、始まってからの日本のメダルラッシュにはしっかりと涙。

オリンピックなんて分離社会の象徴みたいに思っていた時期もあったのですが、開会式の選手の入場行進を見ていたら、メダルを取ったことのない国が沢山あって、オリンピックに出場できること自体に喜びを感じている人も沢山いて、国の代表として出場して祖国に元気や勇気を届けることの意義の高さを選手の中に感じとっていました。

しかし逆に、メダルを取ると国から一生暮らしていけるほどのお金を貰える国もあって、日本もCM出演などで莫大な出演料を貰っていたりして、やはりそこには大きな差異が生じてきます。
ロシアなど国ぐるみでドーピングをする国もあれば、韓国のように日本にだけはなぜか死にものぐるいで挑んでくる国もあって、時に政治的であったり時に民族的であったり、五輪は公平・平和を謳ってはいますが、その意とは逆の影の部分も濃くなっていきます。

最近は、国際オリンピック委員会( IOC)内での汚職も明るみになっています。(東京も汚職を働いているとの報道もあります。)
それから、ブラジルは貧富の差が大きく、犯罪が絶えることはなく、現在の国の状態を考えれば実はオリンピックどころでないといえます。
現実は、オリンピックで掲げている理想とは大きく掛け離れているということです。

なぜ僕らが生きているのか?
唯物論者は物事を合理的に考え、幸せの源はお金であり、社会的地位や名誉でもあると考えます。
しかし僕の考えでは、そもそも幸せという概念は幻想に過ぎません。
人間は農耕文化を取り入れた時から、幸せという亡霊に取り憑かれてしまったのかもしれません。
戦いに勝利したから幸せ、メダルを取ったから幸せ、お金を得たから幸せという風に。
縄文時代には、そもそも誰かが誰かより優れているといった概念はありませんでした。
この世界に存在するものはすべて、精霊、霊魂、神様が宿るというアニミズムの思想があって、そしておそらく誰もがシャーマンであり、目に見えないものと交信していたに違いありません。
力で人が人を支配する時代に入ってから、人間はその能力を失っていきました。
しかし逆にその能力を失ったことで、本当に大切なことを教えられたともいえます。
悪の存在が、人々の魂を成長させました。

僕らが生きている意味が魂の成長だと考えれば、成功はむしろ失敗で、大金はむしろ人を不幸にするということが分かってきます。
至福というのは、大自然の中にあります。
人間もその大自然の一部です。
実は、人間の身体(肉体)は神殿なのです。
至福とは、この神殿(肉体)の内側に存在するものです。
今現在、そのことを思い出す時期に来ているのかもしれません。

この神殿(肉体)をスポーツなどで鍛えることは大切です。
見えない所で厳しい練習をして、それでも試合に負けて自分の未熟さを知り、次こそは勝とうとさらに自分を磨いて、そうやって切磋琢磨して精神的にも肉体的にも成長していく。
どれほど魂の成長が望めるかしれない。
しかし、その目的が地位や名誉やお金だったら、つまり利己主義的であったら、成功しても失敗ということになるのかもしれません。
逆に、オリンピックでの活躍が人に勇気と感動を与えられるのなら、それは素晴らしいことだと思います。
そして、それが多くの人の助けに繋がるのなら、きっと精霊も霊魂も神様も祝福してくれるでしょう。
リオ五輪、IOCトーマス・バッハ会長のスピーチ(抜粋)

この五輪の世界では、すべての人に普遍的な法則があります。五輪の世界では、皆、平等。人類共通の価値は、私たちを分断しようとする力よりも強いのです。そこで五輪選手の皆様に呼びかけます。自分自身を大切にして下さい。回りの人を大切にして下さい。私たちの住む世界では利己主義が幅を利かせ、一部の人々が他者より優れていると主張します。しかし五輪が示す答えは、連帯の精神に基づき、難民五輪チームを歓迎します。難民選手の方々、世界中の何百万人の難民に希望を与えます。他者とは違うという理由で故郷を離れざるをえなかったものの、素晴らしい才能と精神で社会に貢献しています。五輪の世界において、私たちは多様性を受け入れるだけでなく、私たちは皆様の多様性を結束してくれる存在として受け入れます。 
キプチョゲ・ケイノ氏のスピーチ

「この五輪名誉賞を初めてもらい、光栄に思います。私とともに、すべての若者達が人権を得ることができるように、食料、住む場所、教育が得られるように、私と一緒に取り組んでください。
教育は若者の力を支えるだけでなく、より良い市民になり、前向きな変革を起こし、より良い人間になり、より良い世界を作ります。私は何も持たずにこの世に生まれ、何も持たずにいなくなります。神様は偉大です。教育によって、教育を通して、未来の人類を教育で育てていくのです。本当にありがとうございました」

本当に教育は大事ですが、今の日本の教育は間違った方向へと進んでいます。
間違った知識を植え付けられ、間違ったものの価値観を持ち、間違った人生を多くの人が歩んでいます。
なにも縄文時代に還った方がいいとは言いませんが、今こそ、本当は何が正しいのかを問い正すべき時代に入っているのではないかと思うのです。

昨日、ビデオメッセージにて天皇陛下が「お気持ち」を表明されました。
現行憲法では「生前退位」が認められておらず、憲法改正が公然と主張されているようになってきました。 

神社の本宗が伊勢神宮であり、神主のトップが天皇陛下なのですから、天皇は象徴ではあるけれど、実は新嘗祭や神嘗祭などとても大切なお役目がある。
それは米に敬意を示す祀りであって、稲作文化(農耕文化)の象徴といえます。
天照大御神が高天原で穫れた稲を「日本人が食べて生きていくべきもの」として降臨する際にニニギノミコトに持たせて以来、日本人は稲作を生業とし、米を主食としてきました。
(現在の日本人は主食である米をあまり食べなくなり、食生活が欧米化して肉類を多く食べるようになりました。そして唯物論者が多くなり、そうした目に見えないものの役割を軽視する風潮が、皇室の危機へと繋がっているのかもしれません。)

稲作は、人々が集団で生活していかなければ成り立っていきません。
分業制度が発達して、生産性があがり、やがて権力者が生まれます。
人々は集団社会で生きていかなければならず、そこから離脱すれば困難な生活を強いられることになります。
そして縦社会の組織が生まれ、貧富の格差が生じました。
この時、善悪の概念も生まれたのだと思います。
悪を知ることによって、善を知り得ることができたということかもしれません。
狩猟(縄文)文化の時と比べると、農耕(弥生)文化を経て現代に生きる我々の魂は、遥かに成長しているといえます。
(縄文と弥生の関係は、宮崎駿監督の「もののけ姫」によく顕われています。)

この分離社会での修行は、もう終わりに近づいています。
天皇陛下の「お気持ち」表明は、なにかそれを象徴しているようにも感じます。
そして皇太子が天皇になられた時、とてもとても重要なお役目が控えていて、そのお役目こそが新時代の到来の号砲となるのです。


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作曲期間中にブログ更新をするとスランプに陥りやすくなってしまうので、仕上がるまで更新しないと決めていたのですが、更新していないのにも関わらず調子が激落ちしていたので、気分転換に約3週間ぶりとなる更新をしたいと思います。m(_ _)m
ずっと太陽のガン見などをして太陽からエネルギーをもらって生きていたのだけれど、ここの所の梅雨空で太陽さんに会えなかったことが調子を崩した原因なのかもしれません。
でも今日梅雨が明けたので、元気を取り戻せると思います。


さて、このブログの説明の欄↑に「クラシック音楽の作曲は天使との共同作業です。」なんて書きましたが、きっと誰も信じてはいないでしょう。
しかし、僕はこんな不可思議な体験を何度もしています。
曲が仕上がって投稿してブログに貼付けてから何日かした後、その作った曲が何年か前に夢の中で流れていたのを思い出すのです。
音だけではなく、動画のバックの映像も見た夢とまったく同じです。
ということは、もうすでにどこかの次元で作られていた音楽を僕はこの3次元世界で再現したにすぎないのか、若しくは僕がこうした曲を作ることを予め僕が生まれてくる前から計画されていたということになります。
この世はすべてマトリックスであって、僕という人間は僕という人間を演じているにすぎない。
そう思うようになったのは、そうした不可思議体験を何度もしてきたからです。

それを証明することができればいいのですが、それは人が実際に体験してみなければ信じられることではありません。
僕もそうした体験をまったくしていなければ、おそらく完全な否定派に回っていたことでしょう。
しかし、それでも地球は回っています。
真実は、いつでも非常識です。
そんなことを踏まえつつ、今日は僕が今まで撮ってきた非常識な写真を集めてみたいと思います。
以前に載せた写真ばかりだとは思いますが、改めて検証してみたいと思います。
よかったら、最後までお付き合いください。


ほとんどの写真家やカメラの専門家は、まれにデジタルカメラに写り込むオーブと呼ばれる丸いものは、フラッシュ撮影の際に起こる塵や埃のピンボケ画像だったりレンズ表面に発生した光の反射の影響であって、決して霊的な現象ではないと説明しています。
それはその通りだとは思いますが、100%すべてのオーブ写真がそうなのかといえば実はそうではなく、僕は2〜3%ぐらいは本物の霊的な写真があると確信しています。
僕も何度かオーブ写真を撮りましたが、その内の何枚かは間違いなく霊的な写真です。

これは3年前の夏に撮った写真で、伯備線の備中高梁辺りです。↓
前日に伊勢神宮を参拝して、この日は出雲へと向かっていました。
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僕はこの時「なんだか五線紙のような雲がみえるなぁ」なんて思いながら、ぼぉ〜っと空を眺めていたのだけれど、向かい斜め左側に座っていた女性が突然カメラを取り出して五線紙雲を撮り始めたので僕もつられて撮り始めたのですが、これがその一枚目の写真。
ちょうど電信柱が来た所でシャッターを押してしまって「しまった!」と思ったのだけれど、後で見直してみたら、これが凄い写真でした。

まず、電車はかなりのスピードを出していたと思うのだけれど、電信柱がブレずにくっきりと写っています。
これだけでも、僕は何だか神懸かり的なものを感じてしまいます。
写真右側に僕の手とカメラが車窓に写ってしまいましたが、面白いのが写真やや左側に顔を半分隠した仮面をかぶったような人物が写っています。
これは車内に置いてあった何かが、僕のカメラを持つ手のように窓に写ったのではないと思います。
そして、電信柱のちょうど真ん中辺りに写った3つオーブ。
そのオーブが、数秒後にこのようになります。↓
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1枚目の写真が蕾みのように縮んでいるのに対し、2枚目はあたかも花が開いたように大きくなっています。
そしてそのオーブたちの下には、1枚目の仮面をかぶった人物が素戔嗚尊?の姿になってオーブたちを追いかけています。

そしてその数分後、井倉辺りで撮った写真には赤いオーブだけが写っていました。
他の2つのオーブたちは、どこへ行ったのでしょうか?
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他にもオーブらしきものが写っている写真は沢山あるのですが、ほとんどは光の反射の影響だと思われます。
例えば、この写真。↓
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これは籠神社の浦島太郎像を撮った時の写真ですが、場所が場所だけにいかにも霊的ではありますが、僕はこれは光の反射による影響だと考えています。
しかし伯備線で撮った写真には、間違いなく神々の御霊が写っていると思っています。
僕の向かい斜め左側に座っていた女性がいなかったら、これらの写真は存在していませんでした。
女性に感謝です。
ひょっとしたら、あの女性こそ神の化身だったのかもしれないなんて・・・。


次に、この写真↓はいかにも水滴によるピンボケ画像といった感じですが、オーブにはどこか意志が感じられます。(去年の春頃の写真)
僕はこの写真を撮る前に、金峯山寺蔵王堂(世界遺産)内にて蔵王大権現に正座をして拝んできました。
凄まじい霊力を感じていた矢先に撮った写真なので、これは空海さんの御魂が写っているのに間違いないと思っています。
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そして近くの吉水神社(世界遺産)にもお参りしたのですが、そこにもオーブが写っていました。↓
この後にも写真を何枚か撮ったのですが、ほとんどの写真にこのようなぼんやりとした白い玉が写っていました。
必ず建物の屋根の下(木鼻)とか木や山の影とか、色の濃い部分に写るという特徴があります。
そうした所に、意志のようなものを感じるのです。
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金峯山寺蔵王堂のPR動画があったので、貼付けておきます。↓
蔵王大権現は、間近で見ると相当に恐かったです。(苦笑)



今度はUFOです。
下の写真は2年前の夏に伊雑宮に参拝して、上之郷駅のホームで地元のテレビ局によるインタビューを受けた後(笑)、空が一面ピンク色に染まったので(おそらく観音様の降臨)、とりあえず何か写るかもしれないと思って急いでシャッターを切った一枚。
僕にはどうしても、黒い雲が人の形に思えてきてしまう。
その雲の人形の股からエンジェルラダーが放射されていて、その先にUFOらしき黒い点々(子供?)が見えます。
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そのUFOらしき部分(写真右下)を拡大します。↓
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この黒い点を鳥だと言って聞かない人がいます。
よ〜く見て下さい。
これが本当に鳥ですか?

同じ年の晩秋、桐生で同じようなUFOを撮りました。↓
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一緒に写っている飛行機雲も僕はUFO(クリスタル・ベル)だと思っていますが、それはまあ信じられなくても仕方がないですが、しかし沢山写っている黒い点を虫だと言って聞かない人がいます。
よ〜くよ〜く見て下さい。
虫がいたとしても、こんな風に写るものでしょうか?
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この一緒に写っている飛行機雲(クリスタル・ベル)には、ある特徴があります。
例えば、ケム・トレイルなら尾はいつまでも残っていて、徐々に広がり拡散していきます。
しかしクリスタル・ベルの尾は一定の長さも保って、ゆっくりと優雅に進んで行きます。
ただの飛行機にしてはあまりにも速度が遅すぎていて、まるで彗星を見ているかのようです。

ベルが空にXを描く時もあります。↓
一昨年の夏頃、米子のホテルから撮りました。
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これはコメで教えて頂いたのですが、Xはルーン文字のギューフ【7】を顕しているのだそうです。
意味:ギフト、愛情、才能
英字:G
解釈例:やさしさ、恋愛、人類愛、人を助けること、プレゼント
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これは↑、去年の春頃に再び伊雑宮に参拝したすぐ後に撮った写真です。
僕の真上でクロスしていましたが、飛行機のエンジン音はまったく聞こえず、周りもとても静かだったので、無音状態で僕だけに向けられたこの壮大なベルのイベントを鑑賞していました。
まるで海の底から水上を見上げているようでした。


下の写真は、太陽が2つに見える「幻日(げんじつ)」という自然現象です。
一昨年の秋に撮りました。
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そしてこれは↓3年前の冬に携帯で撮ったものですが、左端に妙な虹色の光が見えます。
僕はこの時、肉眼で妙な虹を見ていたのだけれど、「幻日」にしてはどうもおかしいと思っていて、それで試しに写真に撮ってみました。
その妙な虹は撮れなかったのだけれど、このように妙な虹色の光が左端に写っていました。
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これは巨大UFOの縁に出来る光の屈折によるものだと考えています。
肉眼で見えていた虹が写真でこのように写るという事実は、どうみても自然現象とは考え難く、マトリックスを感じざるを得ません。


最後に霊的な写真を幾つか・・・。
これは去年の桜の咲く時期に撮った富山城の写真ですが、妙な光が写っています。
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この写真を撮る時、なぜかなかなかシャッターが下りず、指にもの凄い力を入れてやっとのことで撮ったのですが、噂によれば、そういう時は霊的な何だかの力が働いているそうです。

妙な光の部分を拡大します。
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やや右側の赤と緑の丸い光は右下のライトの屈折かもしれませんが、天守閣の上に写っている伊達政宗の兜のような大きな半円は霊的なものがあると思います。
僕の父方のご先祖様は前田利家公の家臣だったそうなので、そういったことも何か関係があるのかもしれません。

これも去年に撮った写真です。
飛鳥地方にある吉備姫王(きびひめのおおきみ、きびひめのみこ)の墓ですが、写真にはぼやけている部分があります。
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最初は雨で水滴がレンズに付着したためだと思っていたのですが、どうもそうではなさそうです。
時空の歪みのようなものが写っている可能性があります。
幼い頃にここに来た夢を見ていて、ここの主と会ったのを憶えています。
夢のデジャブです。
ここを立ち去ろうとした時、女性の声が聞こえてきました。
周りには僕以外、誰もいませんでした。
この不思議な体験も、ご先祖様と何か関係があると感じています。


この世の中は、今日書いたようなこれらの記事をくだらない産物だと捉えて、一笑に付す人たちばかりのように思えます。
それはテレビによる影響が大きく、オカルト番組にお笑い芸能人を起用したりして、こんな馬鹿げたこと信じている人はきっと頭がおかしいとか幼いとかいう風に仕向けられてきた社会的背景があるのです。
この世に宇宙人など存在しない、幽霊など存在する筈がない、すべては科学で証明できると主張している人たちは実際には井の中の蛙であって、この世の本当の姿が見えないか、見ようとしていない人たちなのです。

しかし本当に大切なのは、こうした目に見えない世界であって、本来はそうした世界こそがすべての人間にとって人生の指針となるべきものなのです。
縄文時代の人たちは、きっとそうでした。
誰もが第三の目で、多くの現代人には見ることが出来ない超現実世界をしっかりと捉えていたに違いありません。

この物質社会、資本主義社会は完全に行き詰まっています。
この社会の崩壊は、もうすでに始まっています。
今は、セパレーション(分離)の時代からユニティ(統合)の時代へシフトしている時期。
パラレルワールドの使者たちは、頻りにそのことを訴えかけているような気がしています。
大事なのは物質→精神を自分の中で確立させ、周波数を上げて世界の平和を願うこと。
地球の裏側にいる人も、金持ちも貧乏人も、動物も植物も、生きとし生けるすべてが掛け替えのない命であり、優も劣も、善も悪も、上も下もない、完全に調和した世界を瞑想すること。
ひとりでも多くの人が、その瞑想に参加して頂きたいのです。
オーブたちも、空海さんも、クリスタル・ベルたちも、きっとそう思っているに違いありません。


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まず最初に、お断りをしておかなければなりません。
前回の記事で、瞑想をしている時に南米のシャーマンと繋がったと書きました。
しかし、南米のシャーマンではなかった様です。
詳しくは、前回の記事の最後の(追伸)をご覧ください。


そういえば、南米といえばもうすぐリオデジャネイロオリンピックが始まります。
開会式は日本時間の8月6日の早朝で、この日は広島原爆の日でもあります。
そこに目をつけたのが、開会式の演出を指揮する映画「シティ・オブ・ゴッド」でアカデミー監督賞候補にもなっている映画監督のフェルナンド・メイレレス氏。
メイレレス氏は環境問題をテーマに掲げていて、開会式の中で広島に向けて黙とうをする企画を考えていたそうなのですが、全世界の人たちを公平に見るのが五輪の趣旨なので、アメリカ人のことも考慮するとそれが出来なくなったそうです。

「戦争は一番の環境破壊」だと、僕はかなり昔に旧ブログの中で書いたことがあります。
その後、故筑紫哲也さんがお亡くなりになる直前に「戦争は一番の環境破壊」だということを、遺言の様に訴えかけていたのを思い出します。
もちろん原爆だけではなく、原発も同じです。
多くの政治家や専門家が安全だクリーンだなどと言ってきましたが、事故が起きたらどんなことが起きるのか?
この世はチェルノブイリや福島の様な想定外のことが起きる訳です。
3日前のニュースでも、もんじゅの断層は「少なくとも過去12万~13万年前以降は活動していない」と判断して評価書案を取りまとめたということですが、しかし13万年ぶりに活動するなんてことはないとは言い切れないと思います。
熊本の例もありますし、何といっても地球の歴史は46億年ですから、たかだか十数万年では参考にはならないと思います。
本当に有識者と呼ばれている人たちは、何を考えているのだろう?
原発利権の犬は、日本経済界に相当奥深くまで浸透してしまっているに違いありません。
犬というのは、米国1%の勢力の傀儡のことです。

それは兎も角、メイレレス氏は開会式の中に日本に向けてのメッセージも考えているそうなので、今から楽しみです。


さて、環境問題を考えながら、今日は自然の写真をいっぱい貼ろうかと思います。
晴れた日には葛飾区にある水元公園までサイクリングをしてくるのが日課になっているのですが、先日は写真を撮ることを目的として行ってきました。
本当は自然を満喫することの方が大事で写真はそれを邪魔してしまうのだけれど、目的を写真を撮ることに切り替えてしまえば、それもまた良いのです。

写真は見るものではなく、写真は読むものだと思っています。
自分で言うのもなんですが、いずれもかなりの作品に仕上がっています。
是非是非、写真アート作品を読んで、ご鑑賞ください。
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松戸から江戸川左岸自転車道を通って葛飾橋を渡って数分で、水元公園釣仙郷(ちょうせんきょう)入口に着きます。(写真↑東金町5丁目交差点)
そこから水元公園沿いに西へしばらく行くと、南蔵院しばられ地蔵尊があるので、まずここでイイ写真が撮れる様にお願いをしました。
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公園内は釣りをしている人が多いのですが、釣った魚を横取りしようと狙っているサギが釣り人のすぐ真横にいたりするので、笑ってしまいます。
人の背丈程もありそうな巨大なサギがいるのですが、この日も見かけたのですが、すぐに飛んで行ってしまって撮らせてはもらえませんでした。
釣り人の他にも、ベンチで気持ちよさそうに寝ているおっさん、大自然の中で寝そべって読書をする若者、結婚式の記念撮影をしている人たちなどなど、色んな人が公園にはいます。
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ワザと手前の植物に焦点を当て、背景をわずかにぼやかす。↓
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画家の名前を忘れてしまいましたが、こんな様な絵があったと思います。↓
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もうしばらく奥に行くと、ここは本当に東京なのかと思ってしまうほど、うっそうと茂った森の中へと入って行きます。
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さらに行くと、バードサンクチュアリーがあります。
撮れますかと訊くと「ダメだね」と返ってきます。
カワセミを撮っているそうですが、ほとんど姿を見せないみたいです。
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四角い穴を覗くと・・・。
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時々けたたましい轟音をあげながら、僕の頭上にヘリコプターが飛んで行きます。
どうやら2羽のカラスが僕の後を付いてきている様です。
実はYouTubeでkagomeさんの動画を見てからというもの、ヘリコプターにシェイプシフトしたシリウスUFOとおそらくUFOと何だかの関係性のある2羽のカラスを頻繁に目撃する様になりました。
ヘリコプターの写真は撮れませんでしたが、2羽のカラスたちにはちょっとモデルになってもらいました。
木の曲線とカラスたち、なかなかの構図だと思います。
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2本の木とベンチで佇む2羽のカラス・・・そのまま写真のタイトルにしてしまってもいいかも・・・。
本当は佇むというよりは、僕をリサーチしているのだけれども・・・。
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この日は花を撮るという目的がありました。
その幾つかを載せたいと思います。
これは葉と花の対比を考えて撮ってみました。
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夏といえばヒマワリ。
定番だけれども、逆にだからこそ撮るのが難しい。
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広い草原で寝そべりました。
近くに咲いていたアザミに焦点を合わせて、遠くの林を撮る。
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泥水が濃ければ濃いほど、蓮の花は大輪の花を咲かせるそうです。 
泥水とは人生におきかえれば、辛いこと、悲しいこと、大変なことであって、泥水ではなく真水に近い様なきれいな水である場合には、本当に小さな花しか咲かないそうです。
蓮の花とは、まさに人生の中で花を咲かせることであって、その花の中に実があるのが 「悟り」 なのだそうです。
人は色々な辛さ、悲しみ、大変なことを経験しない限り、悟ることはできないということらしいです。
それをお釈迦様は後世の人に伝えるべく、その象徴として蓮の花が台座に選ばれているのだそうです。
そんなことを噛み締めながら撮った一枚・・・。
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確か幼稚園の頃だったか?
僕は2回ぐらいここに遊びに来たのを憶えています。
その時の印象が、兎に角だだっ広い原っぱがあったということと、その中にフィールドアスレチックがあったということ。
この景色を見るのは、たぶんその時以来・・・。
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縦長と横長、大と小という対照として捉える他、ベンチと柳の木の擬人化を意識しています。
2人の老人の様な・・・。
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捉えたかったのは、広さとみどりのやさしさ。
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最後に、マイチャリをモデルにして・・・。
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もちろんこれらは作られた自然ではあるし、僕は雑草も好きなのだけれど、今日も行きましたが草原の草が全部刈られてしまっていました。
でもこれは都会の公園の宿命だと思います。
これはこれで素晴らしい文化だと思いますし、人間と自然の共存の中に生じる美しさというものがあります。
これは本当の自然ではありませんが、安らぎ、憩いの場所としては最高です。
ここは都会のオアシス、素晴らしいエネルギーに満ち溢れています。
人間は、こうしたエネルギーに触れることが、何よりも大事です。
人間は自然と共生していかなければ、生きてはいけません。
環境は大事です。

それはこの3次元世界に住む人々だけが感じていることはなく、パラレルワールドの住人やシリウスUFOまでもが、そのことを訴えかけてきます。


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先週、たぶん2年ぶりぐらいだと思うけれど、久しぶりに高校時代からの友人に会いました。
思えば昔は5〜6人ぐらいの友達が家に遊びに来るなんてことはざらだっけれども、今ではそんな友達もいなくなりました。
瞑想してガヤトリー唱えて・・・毎日続けていると、周りと波長が合わなくなるのかな?(UFOの話をしてから離れて行った人もいるし・・・)
それでも不思議なことに、まったく孤独を感じないのですが・・・。

因みに僕は牛豚鳥などの肉類は一切食べないし、コーヒーや紅茶などのカフェインの入った飲み物も飲みません。
しかし、友人は何でも食べるし何でも飲みます。
それに、UFOや幽霊の存在は否定はしていませんが、僕の様な不可思議体験をしたことは殆どない様です。

友人は会うと、決まって政治経済の話をします。
黙っていると、持論を展開させてずっと喋り続けます。
レストランにいながら、まるで討論番組を生で見ている様な気分になります。
もちろんただ相打ちするだけではなく、僕も討論番組の出演者になって急展開させてみたりもします。
しかし、友人の舌には敵いません。
でも、これだけ長く友人でいられるのも、あまり深く相手を干渉せず「どうしてる?」程度の最小限度に留めておいて、話題を政治や世間一般的な方へ持って行く友人独特の話術にあるのかもしれません。


友人は先週、思わぬ切り出し方をしてきました。
「量子物理学って詳しい?量子物理学ってなに?」
僕はその瞬間「ははぁ〜ん、さては僕のブログ読んでくれているんだな。」と思わずニヤけてしまいましたが、しかし量子物理学(量子力学)については、旧ブログなどに随分と書いた記憶があるのですが、「なに?」と訊かれると「はて?なんだったっけ?」と首を傾げてしまいます。
久しくその言葉を聞いていなかったので・・・。
「詳しい部分は詳しいけど、詳しくない部分は詳しくない。」というのが精一杯。
誰もが思い浮かべるのはアインシュタインの一般相対性理論だろうけれども、実はその話を発展させて行くとタイムマシーンやUFOのことにまで及んでいくのです。
それは僕の興味の核心に迫るものなのだけれども、その時には大部分が忘却の彼方へ行ってしまい、この説明できない歯痒さたるや・・・。

話題は、政治はもちろんのこと(英国のEU離脱やアベノミクスや舛添問題などなど)、ミルグラム実験のことや人工知能(AI )のことやアリの生態にまで話が飛んでいきます。
「アリというのはアリの集団1つが1つの生き物なんだ。だからアリは全部女王アリのクローンで操られている・・・」
つまり「一寸の虫にも五分の魂」というけれども、1匹のアリは女王アリの身体の一部に過ぎず、だからその五分の魂もないということ・・・。
その友人の話に、僕は上乗せします。
「でもそれって、人間にも当てはまらない?アリの社会は人間の社会によく似ている。人間もテレビとかで洗脳されるし、それを仕掛けているのはピラミッドの上層部の人間だけど・・・」
自分の頭で考えず、学校教育やメディアなどで常識的な概念っていうものに囚われている人間が実に多い。
周りの人がみんなやってるから、今流行だから、ニュースでやってたから・・・。
でもそんなものは、宇宙からみれば井の中の蛙に過ぎません。

因みに前回の記事に採り上げたアヌンナキのことなのですが、アヌンナキというのはアリという意味なのだそうです。
そうだとすれば人間にはアヌンナキの血が流れている訳ですから、この社会がアリの社会に似てくるのも当然と言えます。
この仕組まれたピラミッド型のシステムから抜け出すことこそが、本当の意味での自立(independent)に繋がって行くのではないのでしょうか。


ところで、ユダヤ人(アシュケナージ系)はアインシュタインをはじめ多くの天才を輩出してきました。
普通の国の人たちと、いったいどこがどう違うのか?
遺伝的なものなのか?
そんな疑問を僕は昔から持っていたのですが、どうやら教育にあったようです。
ユダヤ人はみんな、幼い頃から聖書を読まされるそうです。
大人でも難解な、あの聖書をです。
そして大人になってからも、友人たちと議論を交わし合うそうです。
とてもとても難しい話を喫茶店でお茶でも飲みながら、眉間にしわを寄せて一日中話し合うそうです。
一日中です。
しかし今日の日本人の大多数の会話は、きっとこうだと思います。
「昨日のあのテレビ見た?面白かったでしょう。」
オマケに、働かざるもの食うべからずで、議論をする暇があったら働いて金稼げです。
流石はアヌンナキの子孫たちです。
この国から本物の天才が輩出されることは、残念ながらもうないのかもしれません。

天才ユダヤ人たちに比べたら足元にも及ばないかもしれませんが、もし友人との会話を宇宙人が聞いていて、「まあマシな方」とでも思ってくれていたとしたら、僕としたらそれで十分かもしれません。
内容の掘り下げ方はともかく、方向性(テーマ)は大事です。
くだらないテレビのトーク番組に比べればね・・・。


最近、マイパワースポットを見つけました。
ほぼ毎日サイクリングをしているのですが、何故かここに行くと調子が上がるという場所があります。
そこは葛飾区にある水元公園なのですが、家(市川市)を出て江戸川を渡って公園を一周して家に帰ってくるまで約3時間かかります。(次回はその記事にしようかと思っています。)
ここは本当に東京なのかと思ってしまうほど自然が豊かです。
もう花菖蒲は終わってしまいましたが、これからは蓮の花が見頃となります。
まるで北海道の富良野に来てしまった様な景色もあります。
みどりマニアな僕にとっては、今では最高のエネルギー補給源になっています。(みどりマニアというのは、僕が勝手に名付けました・・・m(_ _)m)

不可思議なこともあります。
人の背丈ほどはありそうな巨大なサギを見かけます。
あまり動かず、人が近づいても逃げる気配がありません。
ハシビロコウみたく、微動だにしない時もあります。
水元公園の主で、神の化身かもしれません。
近くに名奉行大岡越前で有名なしばられ地蔵尊があるので、それと何か関係がある様な気がします。

公園内に「かわせみの里」というのがあって、バードウォッチングをしている人をよく見かけます。
以前、僕の部屋を窓からホバリングをしながら覗いていたカワセミがいました。
僕と視線が合うや否や、部屋の中に入ろうとしましたが入れず、また再び僕と視線が合うや否や「チュッチュッ」とお世辞にもキレイとは言えない様な鳴き声を出して僕に何かを要求していました。
窓を開けようとした途端、どこかへ飛んで行ってしまいました。(ブログを見てみると4年前でした。もちろん、この話をしても未だかつて信じて貰えた人はひとりもいないのですが・・・。)
あのカワセミ、ひょっとしたらここから来ていたのかもしれないと思っているのですが、そうだとしたら、あのカワセミはあの時、僕にここに来ることを要求していたのかもしれません。

ここは、僕個人にとって特別な場所なのかもしれないと思っています。
そして特に強くエネルギーを貰ったと思えたその日の夜、瞑想していると目の前に僕と同じ様に瞑想している人の顔が浮かんできました。
最初はこれは妄想だと思っていたのですが、これは本物かもしれないと思った瞬間、体中にダァーと電気が走りました。
目の前に浮かんでいる人物は、どうやら南米のシャーマンの様でした。
上半身は裸で白い髪とひげは長く、ヘアバンドをしていました。
目は瞑ったままでした。
つまりある周波数に達すると距離が関係なくなり、地球の裏側の人とも繋がってしまうということをその時に知りました。
そしてそれは当然、水元公園と関係があるということです。


次回は「水元公園&みさと公園」と題して、写真を交えて紹介して行こうかと思います。


(追伸)
南米のシャーマンと繋がったと書きましたが、それはやっぱり撤回したいと思います。
世の中は嘘の情報が非常に多いですが、このブログではそうしたことがない様に慎重に気を付けて書かなければなりません。
自分で疑わしく思ったら、せめて「おそらく」とか「たぶん」などを付けることを心がけ、なるべく確信しているものを書きたいと思っています。

どうやら地球の裏側にいるシャーマンと繋がったのではなく、もっと近い国のシャーマンという気がしています。
事実を確認すべく、あれから何度か瞑想でもう一度あのシャーマンと繋がろうと試みましたが、まったく繋がりません。(心を無の状態にしたすぐ後に、映像が頭の中に浮かび上がってくる筈なのですが・・・)
なので、どこの国のシャーマンなのかは結局わかりませんでしたが、瞑想で何者かに繋がったのは確かだった様です。
もう一度繋がることが出来ればそれが100%間違いないということになるのですが、確かめられなくて残念です。


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去年の春頃に「古代のアニミズム信仰を探る旅」と題して飛鳥地方と諏訪の辺りを旅したのですが、旅の終わりにベストシーズンではなかったのですが、ちょっと御射鹿池へ行って自然を満喫してきました。
御射鹿池は茅野駅からバスに乗って行くのですが、バス停に少し早く着いてしまい、人も疎らな朝の茅野駅周辺をぶらぶらと散策していたら、巨大な土偶の写真が目に飛び込んできました。
50mぐらいの高さはありそうなビルの片側一面を使ってその写真が飾られていて、僕はその巨大な写真をしばらく見上げていました。
写真の巨大さもあったのだろうけれど、あたかも宇宙人の様な逆三角形の顔がかなりインパクトがあって、しばらく脳裏から離れませんでした。

「仮面の
女神」と名付けられたその土偶は、この時には京都の方で移動展が催されていて移動中だったため、残念ながら会うことはできませんでした。
しかし「縄文のビーナス」とこの「仮面の女神」の2つの土偶が、後に僕の興味の中心となっていきます。
縄文のビーナス&仮面の女神
はやし浩司さんは、この2つの土偶はシュメール文明のイナンナ(イシュタール)だと説いています。(動画↓)
そしてイナンナは、この日本で生まれ育ったのだも仰っています。
(はやし浩司さんの説は、どうみても行き過ぎていると思う所もあるのですが、なるほどと思う部分もとても多いです。)



はやし浩司さんは、イナンナは卑弥呼であり、天照大神であるとも仰られています。
竹内文書には、天照大神は悪神だと書いてあります。
竹下雅敏さんはイナンナ崇拝は悪魔崇拝だと警告しています。
ついこの間の伊勢志摩サミットの時、主要7カ国のトップが伊勢神宮に参拝されていましたが、まさか悪神に参拝していたのでしょうか?
僕は3回伊勢神宮に参拝しましたが、僕は果たして悪魔崇拝者なのでしょうか?

しかし、僕が伊勢神宮に参拝するその前後には、必ず不可思議現象が起こるという事実があります。
伊勢の空に、十字が浮かんでいたりします。
伊勢神宮の内宮の地下に聖十字架が眠っている証拠ではないかと思っています。
秦氏がエルサレムから運んできた聖十字架は天照大神、つまりイナンナと関係があるのでしょうか?
それとも原始キリスト教(イエスは一天使に過ぎない)の天使を祀っているのでしょうか?

イナンナはアッシリアや古代バビロニアではイシュタール、ギリシャではアフロディーテ(メデューサ?)、ローマではビーナス、ユダヤ教ではリリスと呼ばれていて、戦場に向かう王たちを勇気づける戦の女神でもあり、魅惑する性愛の女神となっています。
また、はやし浩司さんはイナンナは中東地域では女神マリと呼ばれていて、ヨーロッパでは聖母マリアと呼ばれているのだとも説いています。

因みに、僕の肩に何度か聖母マリアの霊が降臨してきたことがあります。
偽マリアではなく、間違いなく本物の聖母マリア様です。
彼女はイエスの母なのか?マグダラのマリアなのか?それともイナンナなのか?まったく分かりませんでしたが、その時の感覚としてはとても心優しい女神といった印象でした。

良く晴れた日に外に出ていると、突然世界が紫とピンクの中間の様な色に変わる瞬間があります。
美輪明宏さんは紫色は観音様の色だと仰られているのですが、確か「観音=聖母マリア」とも仰っていたと思うのですが、そうだとしたら、これもまた繋がってきます。
つまり、偽マリアと本物の聖母マリアがいるということです。



ここからは、古代シュメール文化を研究したゼカリア・シッチン氏による説を中心に、愛知ソニア著のイナンナバイブルなども参照にしながら、簡単にシュメール神話についてまとめていきたいと思います。

アヌンナキの系図

プレアデス星団に暮らしていたアヌンナキ(ニビル星人)はオリオン大戦(映画「スター・ウォーズ」はこの時の戦争を再現している)の後、初代の国王アンの時代に宇宙連合総司令官ソ・ラーラの命により人工的に創られたニビル星に移住します。
アンの息子アヌの時代からニビル星は大気の問題を抱え始め、大気層の損壊を補修するために大量の金が必要でした。
そして地球に大量の金が埋もれているを発見し、発掘のためイギギ(労働者のアヌンナキ)が地球へ送り込まれます。
それは地球の時間軸で約50万年前のことでした。
指導者はエンキで、彼はアヌの長男でしたが母が正妻ではなく、王位継承権をはじめ多くの点で正妻の子である弟のエンリルの下位に置かれていました。
エンキは当初予想していた海水からの金採取の可能性が少ないことや、代わりに採鉱による可能性があることをアヌに報告し、エンリルが採鉱の可能性を検証するため派遣されます。

イギギが度々暴動を起こしていることにエンキは危機感を抱き、地球の猿人ホモ・エレクトスと自分のDNAを掛け合わせて、約23万年をかけて遺伝子操作を繰り返し、今の人類の祖先ホモ・サピエンスを誕生させました。
それがアダムとイブ(アダマとティ・アマト⦅ルル・アメル1号と2号
⦆)です。
そしてイギギがやっていた仕事を、徐々に人間(アダム)たちにやらせるようになります。
つまり、アダムはアヌンナキの労働の身代わりとして生まれたということです。
エンキとエンリルは継承問題などでもともと大変仲が悪かったのですが、エンリルは遺伝子操作をして人間を作ることに大反対をしていたので、それが後々人間を巻き込んでの大戦争にまで発展し、その争いは今現在まで続いているということです。


エンリルはニンガルと結婚し、月の神ナンナールを生みます。
そのナンナールとグガランガの間に生まれたのが、エレシュキガルというイナンナの腹違いの姉です。
エレシュキガルの母グガランガは、ハイブリッドで誇り高きラクササスの皇女であり、父方もシリウス系のブラッドラインを引いていました。
そのため、エレシュキガルはイナンナよりも体格がひと回りほど大きく筋肉質で、見るからにパワフルでした。
ラクササスというのは、いち早くから地球にやってきたスネークの特徴を持ち合わせたヘビ族で、人間界ではいわゆる悪魔や鬼の姿で現れるといわれています。
ラクササス族は変身する能力を持っているので、見るからに母親ゆずりのラクササスの血の濃いエレシュキガルはクンダリーニの達人で、魅力的な女戦士の姿で現れたりライオンの姿で現れたりすることもあったそうです。
また彼女はイナンナの様な体全体からブルーの光を放つプレアデス系の宇宙人ではなく、ラクササスのグリーンの目をしていて、肌はシリウス系特有の虹色の光沢があったそうです。

エレシュキガルはエンキの息子ネルガル(マルドゥク⦅マルドック⦆の弟)と結婚します。
ネルガルはエンリル一族の女神たちの憧れの的で、もっとも安心できる魅力的なポストでした。
いうまでもなくエレシュキガルは、ネルガルを自分の一番の宝としました。
そしてエンキの命により、ネルガルとエレシュキガルはアンダーワールド(黄泉の国)の守護神となる大役を仰せつかります。(アブズ、現在のジンバブエ辺り)
そんな幸せいっぱいなエレシュキガルも、妹のイナンナには強い嫉妬心を抱いていました。
それは、イナンナの様な純粋なアヌの血を受け継いでいなかったからです。


さて、遺伝子操作されて生まれてきたルル・アメル(人間)たちですが、彼らは目に見えないバリケードの中で展示されている観賞用の動物と同じでした。
アヌンナキたちは娯楽がてらにエデンを訪れてはルル・アメルたちの生態を鑑賞するのが楽しみになっていて、特にルル・アメル1号のアダマと2号のティ・アマトのことは母星ニビルでも話題で持ちきりでした。
たまたまエンリルがモニターを見ていると、アダマとティ・アマトはまるで彼に見られていることを察したかの様に手をつなぐと、もう片方の手で陰部を隠しながら森の中へ逃げて行きました。
エンリルは大声で怒鳴りました。
「奴隷を創るという目的を忘れたのか?君たちは何をしているのだ?我々ニビル星人の大切な生命のエッセンスをどこまで無駄にするつもりだ!あの奇妙な獣たちをエデンから追放しろ!エデンの展示ドームはこれで廃止だ。さっさと奴らをアブズの現場に送るんだ!」

原始労働者のアダマとティ・アマトはエデンを追放され、現在のアフリカに当たるアブズの金の発掘現場へと送られることとなり、彼らはそこで従順にアヌンナキのために労働しました。
その間、ティ・アマトは多くの子どもを出産して家族を増やし、子どもたちは14人になりました。
ルル・アメルたちにとってアヌンナキは神そのものであり、彼らへの絶対的な服従をよく理解していました。
そして、紀元前12万9600年頃には地球人の繁殖によりイギギの分担ははるかに軽くなり、彼らの不満は減少し、アヌンナキは労働を止め、人間の労働者たちはますます奴隷の様になっていきました。


地球がアヌンナキの植民地となってから43万2千年が過ぎようとしていた頃、ニビル星が太陽系に大接近していて、それによる影響は各地で現われ始め、それは地球だけでなく月や火星など、太陽系のほとんどの天体に降りかかりました。
アヌンナキだけならどうにか切り抜けられることでしたが、エンリルは「これは宇宙のクリエイター(創造主)の意によって起きることだから、ルル(人間)たちを決して救済してはならない」と皆に念を押していました。
ノア(ジウスドラ)は、エンキがル・マルクの妻バタナシュを誘惑した結果生まれたアヌンナキと人間のハーフで、彼は性格も天使の様で、エンキがルルに産ませた子どもたちの中でも特別優秀な頭脳を持っていました。
ノアは葦で組んだ舟の内部を防水タールで塞いで頑丈なものにし、妻(エムザラ)や子どもたちを舟に乗せた後、家畜や近辺の動物を一つがいずつ中へ誘導しました。
そうして出発の準備が整った頃に、最後の乗客がやって来ました。
それは航海士としてエンキから送られて来た彼の息子のニナガルでした。

アヌンナキたちの領土は大洪水により水中に消え、エデンも呑み込み、地上は以前の地形が跡形もなくなり一面水に覆われていました。
それを見ていたアヌンナキの男たちは泣き崩れ、誰もが泣き叫びました。
「私が創造したすべてが怒り狂う海にさらわれてしまった!」と。

やがて海が静まると、エンキとエンリルは着陸場所を探しながら地上を伺っていましたが、ノアの舟が岩に乗り上げているのを発見し、2人は驚きのあまり悲鳴を上げて抱き合いました。
彼らはノアと再会しましたが、エンリルは「全滅したはずのルルがまだ生き残っていたとは!」と思い怒りが爆発しそうでした。
「地球人には一切関与してはならないと誓わせたのに、バカにされたもんだ。エンキ、よくも掟を破ったな!」と言ってエンリルはエンキを睨みつけました。
エンキは言いました。
「何も違反などしておらん。あれは単なるルルではない。私の息子だ!エンリル、間違えるな。ジウスドラはアヌ様の孫なんだぞ。」 
エンリルは内心、大きなショックと混乱を感じていましたが、話を聞き終わるころには落ち着きを取り戻していました。
すると突然エンリルは、ノアと彼の妻の手を取り祝福して言いました。
「人間たちを再び蘇えらせたジウスドラとエムザラに神の祝福あれ。末永く子孫を増やし、地球を自らの子孫で満たしたまえ!」 
エンリルは後に、「ヤハウェの神」として知られるようになります。


ラーマ(火星)は地球からニビル星に金を運ぶための中継基地になっていました。
その担当をエンキとマルドゥク親子がやっていました。
しかし親子はラーマから離れ、月で何やら神秘的なことをやっているという情報がアヌにもたらされ、一方ラーマではイギギが騒動を起こしていました。
そこでエデンに戦車場を設立して、そこから直接ニビル星に金を運ぶという案がニヌルタ(エンリルの長男)から持ち出されます。
エンキとマルドゥクを月から呼び戻し「今の状態では中継基地は不可能だ!」と報告し、アヌは「戦車場を建設しよう!」と言います。
「マルドゥクをそこの司令官にしましょう!」とエンキが言うと、「その任務はニヌルタのものだ!」とエンリルが怒鳴ります。
アヌは「金を扱う新しい方法として戦車場が指定された。今後は新世代の手にその任務を預けよう。エンリルでもエンキでもなく、ニヌルタでもマルドゥクでもない、第3世代に責任を取らせよう。ウツ(イナンナの兄)を司令官にしよう!天の戦車場を建設しよう。それをシッパル「鳥の町」と名付けよう!」と言いました。

シッパルの都はそこから四方に広がるように開発は進み、最終的にはエンリル自らが運命の石板で新しい港の設計をして、ニビルのアカデに負けないくらい整った都市が形成されていきました。
エンリルの息子ナンナールに生まれた双子の兄妹の兄ウツがシッパルから少し離れた場所に新しく建設された「天への門」の神となり、エンリルは自分の可愛い孫が大役を引き受けたことを誇りとしました。

アヌは「天への門」が完成したと聞くといち早くニビルから飛んできて、その管制塔の素晴らしさに両手を叩いて喜びました。
「最高の出来ではないか!ウツ、よくやってくれた!」
アヌは皆の前でウツを褒め称え、そして開港式が始まりました。
その時一人の踊り子が会場の舞台に現れ、アヌのために舞を披露しました。
その踊り子こそ、ウツの双子の片割れの妹イナンナでした。
彼女は二つの翼の紋章(ニビルの象徴)が付いたヘルメットをかぶり、シェム(飛行体)用のゴーグルをかけてニビルの操縦士の姿で登場し、自分が奏でる横笛のリズムに合わせて体をくねらせ踊りながら、皆の間を巧みにすり抜けていきました。(まさに茅野の「縄文のビーナス」!?)
そのしなやかな動きにアヌはもちろんのこと、アヌンナキの男の神々は皆一瞬にして若きイナンナの虜になってしまいました。

アヌは彼女にキスをしました。
アヌは男女の英雄たちを集めて「新時代が始まった!」と言いました。
「金の救いが直接提供され、苛酷な労働の終わりが近づいている!ニビルの保護のために十分な量の金が貯えられるならば、地球での労働は減少し、英雄たちは男性も女性もニビルへ帰れるようになる!」
アヌは地球を去る前にも、イナンナと二人だけになれる特別な時間をとりました。
シェムに乗り込む直前に、イナンナを引き寄せて別れの熱いキスを交わしました。
アヌからエンリル、そしてナンナールからイナンナと、これだけ世代が離れているのに、その関係性は深遠な仲でした。
アヌは一族たちに別れの挨拶をしました。


協議でエンキ一族は、アフリカ大陸の全地を割り当てられます。
父エンキの指導のもとに、長男のマルドゥクをはじめ、ニンギシュジッダ、ネルガル、ギビル、ニナガル、ドゥムジなどがこの地で活躍します。
牧羊の仕事を任されていたドゥムジは、イナンナと知り合い結婚します。
対立するエンキとエンリル一族の和解の種になることを期待して二人の関係が認めらるのですが、権力意識の強いイナンナは、ドゥムジとの結婚を利用してアフリカ全土を支配することを目論みます。
エジプトを支配していたマルドゥクは、イナンナの意図を知って危機感を持ちます。
兄の危惧を察知した妹のデシュティナンナは、イナンナの先を越して自分が正当な後継者を生むべきだとドゥムジを誘惑するのですが、その後、彼女はドゥムジにレイプされたとマルドゥクに訴えます。
マルドゥクの怒りを恐れたドゥムジは、逃亡の途中で不慮の水死を遂げます。
イナンナはドゥムジの死の確認と埋葬のため、ネルガルの支配地であるアフリカ南部(アブズ)に行きます。

ネルガルの妻でイナンナの姉エレシュキガルは、イナンナがネルガルの種で子を得ることをおそれてイナンナを殺害します。
イナンナの僕は祖父エンリルや父ナンナールや兄ウツなどに救出を懇願します。
しかし死からの蘇生は誰にもできることではなく、最後はエンキだけができる特別な処置で蘇生させます。
イナンナは結婚相手のドゥムジの殺害をマルドゥクが唆したとして彼の死を要求し、戦いを始めようとします。
応戦についてエンキの息子達の意見は別れますが、結局はエンキとエンリルの一族の壮絶な戦いになり、破れたマルドゥクはギザの大ピラミッドに閉じ込められます。
マルドゥクは死罪を許され、餓死寸前にピラミッドから救出され、遠くの地に追放されます。
(紀元前2500年頃には、アヌンナキを神と崇める人間の集団が神々に代わって戦争をするようになります。神々の命令で地球人同士が戦争をする社会の到来です。)


宇宙連合の巨大母船ウエストスターは星というよりは球形の巨大母船で、別次元に存在しているのですべてが視覚の限界を超越し、形や色というものを持たない巨大なUFOでした。
ウエストスターの中心部にあるアトリウム(大広間)は、総司令官ソ・ラーラ、アシュター、ヴァイアレース、トーリン、アラールといった最高位のコマンダーたちだけが入ることを許されている空間でした。
そこに出頭命令を受けたアヌ、エンリル、エンキ、ニヌルタ、ネルガル、ウツ、イナンナ、ニンフルサグの8名のニビル星人が透明の円卓を囲み、ソ・ラーラが現われるのを待っていました。
そこにいる銀河系と別次元からやって来たさまざまな存在たち(宇宙連合)は、クリエーター(創造主)の意図の下に守られていて、シリウス系の宇宙人ソ・ラーラもクリエーターの意に沿って使命を果たしていました。

ソ・ラーラは彼らの前に現れると、こう言いました。
「今回、我々の管理下にある地球において、想定外の事件が起きた。そこで責任者としてあなた方がここに呼び出されたのです。特にアヌンナキの会議でガンディバを使用することに賛成したアヌ、あなたの罪は非常に重い。なぜならガンディバを使用することは、宇宙連合の掟を破ることだと、あなたは知っていたはずではないか? それは放射線ビームを発射する強烈な破壊兵器であり、それを使用してあなた方は地球をことごとく破壊した。しかもそれだけでなく、地球の住民のDNAに手を加えたことはさらに重い罪である。」

ガンディバの使用、そして人類の遺伝子操作の介入罪は極めて重い刑でした。
本来、宇宙連合とニビル星との惑星間の条約は、あくまでもニビルが必要とする金を得ることだけで、それ以外に地球に関与することは許されておらず、彼らは条約違反を行なったのでした。
判決が下された途端に8人はあっという間にその大広間から姿を消し、ゾームと呼ばれる目に見えない壁に閉じ込められました。
肉体的な苦痛はないものの、まるで薄い紙の額縁の中に封じ込められた様な2次元的な違和感を味わっていました。
何とかゾームを破壊する方法はないものかと、ニビル星の学者たちは試行錯誤しました。
しかし、ゾームは極めて洗練された複雑な仕掛けになっているだけではなく、個々の自由意志や進化までも奪い取る怖ろしいものでした。
かつて神々、女神と呼ばれて人類に崇拝された彼らの気高き誇りも腐敗し、自分たちの奥深くに潜んでいたレプタリアン(爬虫類族)の血が騒ぎ始め、彼らはただそこで永遠に生き永らえるしかありませんでした。



ゾームというのは、おそらく低層4次元(アストラル界)のことではないかと思われます。
つまりそこは、この3次元物質世界のすぐ隣にある次元で、この人間界に干渉することが可能なのです。
旧約聖書の神ヤハウェはエンリルであって、決して創造主などではありません。
モーゼの神は、創造主ではなかったのです。
むしろ地獄界の主と言ってもいいです。
ヤハウェを崇めた多くのユダヤ教信者たち、それだけではなくキリスト教やイスラム教の信者たちも、死後に天に召されるどころか、彼らと同じゾームの世界に閉じ込められたと考えられます。
さらには日本の仏教や神道に携わってきた人たちの中にもいると思います。
なぜなら、エンリルを崇めている神社もあるからです。
旧約聖書の神を悪神だとした原始キリスト教は正しかったといえます。
(伊勢神宮は、イエスを祀っている可能性が高いです。イエスや聖母マリアもレプタリアンだとはやし浩司さんは説明されていますが、僕はレプタリアンではないと思っています。本物の天使です。偽の天使もこの世にはいますが・・・)

低層4次元は人の魂が入りきれなくなるほど一杯になってしまい、今現在は撤去されているそうです。
撤去されたということは、パンドラの箱が開かれた如く、この3次元世界に悪霊たちがなだれ込んできているということでもあります。
しかし地球は次元が上昇し、悪霊たちにとってはとても居心地の悪い場所に変化してきています。
そして、神の浄化も一層激しさが増してきているのだと思われます。
竹下雅敏氏のブログにも、闇の者たちの処刑が生々しく描かれています。
イナンナ崇拝をしていた者たちも、片っ端から処刑されています。

我々人間には、アヌンナキの血が流れていることを忘れてはなりません。
シュメールの人たちは、例外なくすべての人間が死後には地獄に落とされるのだと考えていました。
それは、アヌンナキがネガティブだったからに他なりません。
今の現代の人々にとって大切なことは、何より心の汚れたネガティブ人間にならないことです。
そして、宗教などに頼らない自立心を持つことです。
そうすれば地球の次元上昇と共に、精神と身体の周波数も上がっていくことでしょう。

(追伸:しかし、まだまだこの地上には悪霊が多くいるので、エンリル系の神社ではない、シリウス系などの神社にお参りをして守ってもらう必要はあると思います。また、周波数を上げるのも手伝ってくれます。日本という国は、そういう特別なパワーを秘めた土地なのです。)


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