piabuの不可思議blog~内なる光、世界に届け

ものすごく真面目に、本格的に、この世の真実を自分の不可思議体験をもとに探求しています。クラシック音楽の作曲は天使との共同作業です。

今日、久しぶりにクリスタル・ベル(UFO)が、姿を現してくれました。
朝起きて、郵便物を郵便ポストに入れてこようと外に出ると、何やら空に白い物体が浮いていて、雲かな?月かな?と思ったのですが、すぐに消えてしまいました。
ひょっとしたら・・・と思って空を見渡してみると、あっちこっちに直線雲(飛行機雲のような)やX(ルーン文字のギューフ?)のような雲が描かれていました。
帰り道、遠くの方でベルが小さく飛んでいるのが見えました。
約1年ぶりに見るベルの姿です。
最初は1機だけでしたが、そのベルの後方にもベルがもう1機現れました。

急いで家に戻りカメラを持って外に出てみると、3つのベルの白い尾が折り重なっていました。
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もっと電線のない場所に移動して撮ろうとして走っている間に、見る見る間に線が太くなり形を変えていきます。
3つのベルの尾が回転しながら落ちて行くように見えます。
bell02
X雲もさっきまでくっきりと見えていたのですが、もう薄くなってしまっていました。
一応写真に撮っておいたので載せます。↓
bell03
直線雲は、撮っている間にもあっちこっちに形成されていきます。
↓の写真の一番向こう側の直線雲の先端にベルが飛んでいます。
(遠すぎて、写真に捉えることは出来ませんでしたが)
bell04
どうやら今日のベルのターゲットは、僕なのかもしれません。
もし今から水元公園まで自転車で走って行ったら、途中で凄いベルの写真が撮れるのではないかと思い、今日のすべての予定を変更して水元公園まで行くことに決めました。
予想通りベルが沢山出現して、僕の頭上を通り過ぎて行きます。
bell05
望遠レンズを持っていないのでこれが限度ですが↓かなりくっきりと機体が写っています。
ただの飛行機にしか見えないと思うかもしれませんが、煙を吐く位置がおかしいのと両翼にあるエンジンの形がおかしいので、擬態だとわかります。
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水元公園に着いても、ベルは頻繁に姿を現しました。
実は水元公園でベルを見るのは初めてです。
今日までは水元公園ではベルの代わりに、擬態ヘリコプターが僕の頭上を飛び交っていました。
管轄が違うのかもしれません。
しかし今日は何故か、擬態ヘリコプターは現れません。
ベルはそれでも恐る恐る、遠くの方で小ちゃく出現してきます。
bell07
ワープがありました。↑
写真では木のすぐ上にベルがいますが、もっと上方のちょっと薄くなっている白い線の位置にさっきベルはいたのです。
まるで時間と遊んでいるかのよう・・・。
bell08
白い尾はくっきり写っているのに、今度は機体がまったく見えません。
どうやら機体は、3次元と異次元を行ったり来たりしているみたいです。
そうやって異星人たち(スペースファミリーたち)は、僕たちを異次元世界に誘導しているのかもしれません。
bell09
それにしても、なぜ突然にベルは姿を現したのでしょうか?
約1年も姿を現さなかったのに。

ベルは僕が何か良いことをすると、その褒美に姿を現します。
思い当たることといえば、前回のブログの記事ぐらいなものです。
他は、特別に変わったことは何もありません。
前回は「5つイエスの夢〜平和への祈り」という記事でした。
この記事は僕にとっては、かなり挑戦的な記事でした。
「independence(独立心)」の箇所は、反感を持たれた方もいるでしょう。
特に「お金を稼ぐということは、紙切れを拝んでいるようなもの」と書いたのは、ちょっとやりすぎだったかもしれないと思いました。
しかし、真実は真実。
ベルは勇気を持って書いたことを、褒め讃えてくれているのかもしれません。
bell10
この写真↑にも、左上の方に小さくベルが写っています。
一番最後に姿を現してくれたベルです。

僕はただただ感謝していました。
出来ればこんな遠回しな形ではなく、直に会いに来て欲しいなんて思ってしまうのだけれど、それは異星人と人類の公式のファーストコンタクトの時に取っておいて、今はその準備段階としてこの3次元世界での修行を全うし、心を清め、そして心をピュアに保つことが大事だということなのでしょう。

この記事を読まれた方、僕らを見守ってくれている異星人たちは確かに存在します。
空に彼らの姿が見えなくても、彼らに想いを馳せてみてください。
彼らはその想いをキャッチし、きっととても喜ぶことでしょう。
それは、もう異星人たちとのコンタクトが始まっているということなのです。


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僕は以前に「イエスに会ったことがある」なんてブログに書いたことがあるのですが、殆どの方は「そんな馬鹿な」とまったく信じていないと思います。
(因みに、僕は無宗教です。)
僕自身でさえ、今でも心のどこかで「そんなこと有り得ない」と疑ってしまいます。
「僕は嘘を書いてしまったのかもしれない」と自暴自棄になることもしばしば。

何しろイエスに会ったのが夢の中。
しかも夢の中でイエスの姿を見たのではなくて、声だけ聞こえてきた訳で、挙げ句にあの声が本当にイエスの声だったのかどうかさえも曖昧になってきます。
自分の中で確信が持てるようになるには、ひとつひとつの記憶を辿るしかありません。

ある日、UFO(クリスタル・ベル)を目撃し、空一面が紫色(ピンク色)になる怪現象を体験し、その翌朝の目が覚める寸前、ピンクの夢を見ました。
ただピンク色が広がっているだけで、他は何もない夢でした。
「これを書きなさい」というイエスの声が聞こえてきました。
いかにも日本の声優さんが、映画のイエスの声を吹き替えたようなイエスの声でした。
それが一番最初でした。

その後だいぶ間隔が空きましたが、3333333という数字の夢を見ました。
3はイエスを顕しているような気がします。
(実は昨日も数字の夢を見ました。不吉なのですが、222222666666というような数字の夢でした。666は悪魔の数字?)
その翌日は、虫食い問題に「平和」という字を入れる夢でした。
毎日、瞑想する時に世界の平和を祈っています。

その翌日は、「independence」という夢を見ました。
つまり独立心を持つことが大事ということでした。
人は何かに頼って生きています。
宗教などの団体に所属していたり、サークルに参加したりして、自分の居場所を確保します。
ひとりではない、仲間がいるという安心感を持つために。
しかし今は、グループ自体が駄目になってしまっているので、グループ全体が落ちてしまうと共倒れで自分も落ちてしまうことになります。
だから今、どこかに属しているということは大変危険なことなのです。

また、働いてお金を稼いで家族を養うことで、社会人としての人間としての誇りを持つことができます。
お金を稼げるということが、自立していることの証しなのだと殆どの人は思っています。
しかし、イエスはそうではないのだと語っているように聞こえました。
お金を稼ぐということは、要するにお金に頼るということになります。
真の「independence」とは、例えお金がまったく無くなってしまっても、それでもしっかりと自分を持ち続けていられるということなのかもしれません。
お札は、ただの紙にすぎません。
お金を稼ぐということは、紙切れを拝んでいるようなものです。
仏像や十字架に祈りを捧げるのも同様で、ただの物体に祈っているに過ぎません。
イエスもお釈迦様も、偶像崇拝を禁止しています。
偶像崇拝は悪魔崇拝に繋がっていきます。
人に頼らず、お金に頼らず、神や仏にも頼らない心が、真の独立心なのです。
ただし、今生きていることに対する感謝の念だけは忘れてはなりません。

そしてその翌日、「ヘンデルを聴きなさい」というメッセージがありました。
実は僕は今までヘンデルは苦手だったのですが(音楽が平坦すぎて・・・)、しかしちょっと聴いただけでも、身体の周波数が極端に高くなっていくような感覚がありました。
ヘンデルの音楽には、何やら魔法のようなエネルギーがあるようです。
もともとあったのではなく、最近イエスがヘンデルの音楽に魔法を掛けたのかもしれません。
そのエネルギーは、太陽のエネルギーに似ているような気がします。
太陽をガン見すると最初は眩しいですが、徐々に青と緑の中間のような色のフィルターが掛かってきて、全然眩しく感じなくなります。
(ガン見は、慣れていない方は目をやられる可能性があるので注意してください。)
その時に、額(第三の目)から太陽エネルギーを身体に取り込むのですが、その時の感覚とヘンデルを聴いている時の感覚が似ているような気がします。
しかし、ヘンデルを聴いている時の方が遥かにそのエネルギーを強く感じます。

紫(ピンク)、3333333、平和、independence、ヘンデル。
これらが地球アセンションに向けての大変重要なツールであることは、どうやら間違いないようです。
瞑想で第6チャクラ(アージェナー)で紫色をイメージしたり、世界平和を祈ったりしていますが・・・。
しかし、この社会の風にまともに当たってしまって独立心が揺らいだり、ヘンデルも最近は聴いていなかったりするので、今は少し心の浄化が必要だと感じています。
(666・・・の夢を見てしまうくらい良くない状態ですから)


世界情勢も、暗雲漂います。
昨日、金正男が暗殺されるというショッキングなニュースがありました。
金正恩ではなく、もしも彼が北朝鮮の指導者をしていたら、もう少し北朝鮮は良くなっていたような気がします。
とても残念です。
「安倍・トランプ会談」の2日目の夜、仲睦まじく食事をしている最中に、北朝鮮は中距離の弾道ミサイル発射をしました。
これは、明らかに日米会談に対する嫌がらせです。
しかし結果的に、安倍首相とトランプ大統領が一緒に北朝鮮を非難した会見が世界中に発信されて、日米同盟の強固さを印象づけることになってしまうのだから皮肉なものです。

ところで、日米会談はとても良い方向に行ったと思います。
政治や国際情勢に関して素人でもあるトランプ大統領の指南役に安倍首相がなれれば、言うことないと思います。
心配なのが中東情勢ですが、その辺も安倍首相が先頭になって平和を維持するための活動をして行くのではないかと思っています。
アメリカ大使館を、テルアビブからエルサレムに移すなんてことは絶対止めてもらいたい。
世界情勢を勉強して頂ければ、戦争なんか起こさないと信じています。
もっと心配なのがロシアですが、大丈夫でしょう。
祈ってます。

イエスは、間違いなく存在します。
ヘンデルを聴きながら、みんなで祈りましょう。




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自分の身の回りに起こった不可思議現象を中心に記事を書いていますが、中でも一番身近で一番不可思議に思っているのが、家の愛猫ココです。
ココを飼い始めて、もう5年の歳月が過ぎようとしています。
飼い始めた頃に何度か記事にしたことがあったので、その頃の記事を読んで頂いていた方はココはどうしているかと心配されているかもしれませんが、ココはとても元気です。

僕にとってはあまりに愛し過ぎ、あまりに大切な存在となってしまったので、こうして記事にするのをずっと躊躇っていました。
不可思議現象を書くのがこのブログの主旨なので、あまりに不可思議に思えるココのことを書くのは持って来いなのですが、そう思うのは単なる親バカに過ぎないのか?そうではなく本当に凄いのか?ココが特別に凄いのではなく、そもそも猫というのはそうした能力を兼ね備えた動物なのか?
それを判断をするのに時間を要したというのもあります。

もうそろそろ記事にしてもいい頃合いかなあと思っていたら、ココから「いいよ」っていう心の声が聞こえてきたような気がしたので、ココのこと、それだけではなく猫の全般的なことや都市伝説的なことも含めて、おもいっきり記事にしてみたいと思います。



例えば、こんなことがあります。
家にお客さんが来て食卓テーブルの椅子に座って話をしていると、ココもテーブルの上の端の方にちょこんと行儀よく座って会話を聞いているなんてことがありました。
また家に帰る数分前、ちょうど電車から降りて家に向かって歩き出した頃に、僕を迎えるためにココがずっと玄関で待っていたなんてことがあったと、家族から聞かされています。
まるで利口な犬みたいなのですが、それ以上にもっと凄いことがあります。
以前はよく旅に出たのですが、旅先でなぜかココの鳴き声を聞いたことがあります。
ココの鳴き声には特徴があるので、間違いないと思います。
つまり、魂が時空を超えて飛んでくるのです。

それから、極めつけにはこんなことがありました。
とあるホテルに泊まった時に、部屋に入るなりイヤな予感がありました。
ホテルの建物の構造が上から見ると口の字のようになっていて、口の中心部は吹き抜けになっていました。
その日は雨が降っていて、屋上や途中の階の所に張ってあるネットから1階へ滴り落ちていく音が不気味に感じました。
そして、強い即視感に襲われました。
間違いなく、僕はこの場所を夢の中で見ている・・・。
イヤな予感は、ベットに横になった時に現実となりました。
肩の辺りから指先にかけて電気を帯び始め、悪霊たちが何やら興奮しているのが分かりました。
僕が眠りに落ちるや否や、ショータイムとばかりにとんでもない悪夢を見せられ僕は暫くうなされました。
やがて、暗闇の向こうに光り輝く何かが現れました。
そしてその何かが徐々に近づくにしたがい、周りにいる悪霊たちがざわつき始め、やがて一目散に逃げ出しました。
光はその正体がわかるまでに大きくなり、光は闇を覆い尽くしてました。
その光の正体は、なんとココでした。
ココは泣きべそをかきそうな何ともいえない表情で辺りを見回し、そして僕の顔を見て一声「にゃ〜」と鳴きました。
そして、僕は目が覚めました。
ずっと感じていた悪霊たちの気配はその時にはまったく無くなっていて、ホテルの部屋全体が清められたような清々しさがありました。


海外のオルタナティブニュースサイト(月刊ムーのようなサイトかな?・・・w)によれば、猫は地球人を監視するために宇宙人が送り込んだスパイなのだそうです。
その理由は2つあって、1つ目は猫の解剖学的・身体的特徴です。
猫が「ゴロゴロ」と喉を鳴らす音は、実は動物学者がどんなに調査をしても、どのようにして喉を鳴らしているのかがまったく分からないのだそうです。
(「ゴロゴロと喉を鳴らすことによって、人間の歪んでしまったオーラを正常な状態に修正してくれているのだと聞いたことがあります。)

また、必要以上に多い錐体細胞(すいたいさいぼう、錐体視細胞とも)も科学者を悩ませているそうです。
錐体細胞は色覚の基礎となる重要な眼球の細胞なのですが、より視覚が発達した哺乳類動物でも猫ほどの錐体細胞は持っていないそうです。
これは、人間の目には見えないものを知覚している科学的証拠になるかもしれません。

(ココは時々頻りに外の景色を見たがるので、逃げないように首輪にヒモをつけて窓を開けてあげると、体中を使って外から何かの情報を得ようとしているのがわかります。庭の草から、木から、風から、鳥から・・・。近くに雄猫が通ったかどうかとかそんなレベルではなく、あたかも地球全体、宇宙全体の何かの情報を得ようとしているかのように・・・朝刊を読むが如くに。)

2つ目は、古代エジプト文明における猫の神格化です。
古代エジプト文明以前の文献や壁画には、猫は登場しません。
古代エジプト文明では、猫の顔を持つ女神「バステト」を崇拝しています。
バステト神は受胎と豊穣の神でした。
猫は繁殖力があり、また作物の害となるネズミを退治してくれるので、繁殖と作物の豊穣をかねた神になったといわれます。
当時の人々は、猫をただの動物ではなく「神からの贈り物」だと考えていました。

(古代エジプト文明には人間だけではなく、複数の異星人が人間と共に暮らしていたそうです。その中には猫の顔をした異星人もいたそうで、猫の顔をした異星人と鳥の顔をした異星人の協力によってギザのピラミッドは完成したのだという話を聞いたことがあります。出雲大社とピラミッドには奇妙な共通点があることは有名で、スフィンクスは日本の狛犬であり、スフィンクスはライオン、ライオンはネコ科の動物だということを考えると、狛犬は猫の顔をした異星人、いや猫そのものということになるのかもしれません。近くの愛宕神社の狛犬が巨大な猫に扮して、何度も家の天井裏に遊びに来たことがあります。タヌキやハクビシンではありません。そのしなやかそうな猫の身体全体のシルエットやその猫のあまりにも大きくて長い尻尾などを目撃しています。天井裏からよく「ゴロゴロ」という音が聞こえてきました。愛宕神社は天狗を祀っていますが、天狗の真の姿は猫です。バステト=天狗ともいえるかもれません。)
バステト
ココの動きを見ていて、動きが何だかエジプト的だなと思ったことがあります。
まだ子猫の頃、鏡に映った自分の姿を初めて見た時、身体を鏡と平行にして背中を丸めて自分を大きく見せる仕草をしたと思ったら、今度はに反対側の身体を鏡の相手(自分の姿)に見せて威嚇し、そうやって右、左と俊敏な動きで身体の向きを入れ換えるという動きを見せました。
すぐに、これは鏡に映った自分の姿だと気づいたのか動きを止めましたが、その数秒間の動きはバレエダンサーのニジンスキーが振付けた『牧神の午後』を連想させました。
ニジンスキーは、エジプトの壁画からヒントを得てこの振付けをしたそうです。



バステトは、また音楽と享楽の女神でもあるそうです。
人間の姿として描かれているバステトは、シストルムと呼ばれる楽器を持っているそうです。
かの作曲家ワーグナーは大の猫好きだったそうで、自分の作った音楽を愛猫に聴かせて音楽の良し悪しを判断していたというエピソードが残っています。
ココも音楽が大好きで、モーツァルトを聴いていた時にステレオの近くまで行って身体を丸めて寝ながら聴いていたなんてことがありました。
僕の作曲した音楽を聴かせると、音楽が終わった瞬間に直ぐに駆け寄ってきて、僕の膝に乗って顔をペロペロと舐めて祝福してくれます。
まだ途中までしか出来ていない音楽を聴かせると、「わかった」というような素振りでそそくさと作曲部屋から出て行こうとします。
間違いなく、ココは音楽をよく理解しています。
ココは、僕のお師匠さんです。
僕のマスターです。

あのホテルで光るココの夢を見て以来、ココは間違いなく高次元から来た猫だと思うようになりました。
猫のライトワーカーなのかもしれません。
ライトワーカーとは、ソースエナジーの光を自在にダウンロードできて、灯台のように暗闇に光をもたらして辺りを照らす存在なのだそうです。
 
(以前に夢で見たのですが、暗闇の中で僕の身体は光り輝いていて、そして空を飛んでいました。下を見ると沢山の何かがうごめいていたので下に降りて行くと、それは何千という地獄へ向かっていく人の集団でした。彼らは光り輝く僕の姿を見て、目を丸くして驚いていました。目が覚めた後、僕は彼らを祈りました。あの夢を見て以来、僕もライトワーカーなのではないかと思い始めました。ココと僕は前世は同じ場所にいたのかもしれません。)

ココに神様と呼ぶとココはとても怒ります。
天使様と呼ぶととても喜びます。
神様と呼んでしまうと、そこに上下関係が生じてしまいます。
天使様ならそこには上下関係はなく、お互いに尊重しあえる関係でいられます。
ココは、そのことを僕に教えてくれます。

ココはバステトの化身なのかもしれないと、本気で思ってしまいます。
そう思ってしまうのが単なる親バカに過ぎないのかどうかは、読者の判断に委ねます。


最近撮った(ブログ用に)ココの写真を2枚貼付けておきます。
可愛いと思ってあげてください。
ココはそのすべてを感知します。 
coco01

coco02
今は作曲期間中なので、記事を書くペースが極端に遅くなっています。
曲が仕上がるまで、このペースは続いていってしまうかもしれません。
このブログを応援してくださっている方、申し訳ありません。m(_ _)m

いま作っている曲は一先ずピアノ用の曲として仕上げますが、最終的には管弦楽曲にしようと考えています。
題名は交響詩「宇宙創造」なんて、もの凄い名前を付けようかと思っています。(笑)
出来るかどうかは、やってみなければわかりません・・・。
出来た時のココの反応が楽しみです。


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mizufuyu01
僕は残念ながら、霊能者と呼ばれている人たちのような能力は持っていません。
あればどんなにいいだろうなんて、思ったりもしますが・・・。
しかし、昔から自分はサトラレかもしれないと思ったことは結構あります。
受信する能力は少ないけれど、電波の出力は相当あるのかもしれません。
人の心を読むのは苦手だけれど、自分の心は他人に読まれまくっています。

だから、自分の心をコントロールする必要がありました。
人前で良からぬことを考えてしまうと「バレたら不味い」と思い、必死で別のことを考えて誤摩化して・・・なんてことが今までどれだけあったか。(笑)
しかし今ではそんなことはどうでもよくなって、もう放ったらかしで、自分の心がピュアであれば何も恥ずかしいことはないと、どうどうと胸を張って生きています。
(そうしようと心がけています。)

それこそそれは社会的な人間関係だけではなく、霊的に考えれば、何しろ目に見えない存在(高次元の存在)からは常に見られていますから、自分の心を隠すなんてことは到底不可能で、いかに自分の心を清らかに保つかということに自然と意識が集中してくる訳です。
どんな人間でも、邪心や下心があれば簡単に見破られます。
逆に、尊い想いは尊重されます。
現実はマトリックスであって幻想は現実より本物なのですから、そういった意味でも「瞑想」は自分の心を清らかに保つための最高のツールとなります。
(瞑想とマントラのお陰で、多少は受信出来るようになってきました。こうして記事に書けるのも、そのお陰です。)
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このブログの要点は、そういった目に見えない存在とはいったい何かということです。
心もそうですし、幽霊や神様といった存在もそうです。
僕は霊能者のような能力は持っていませんが、生まれた頃から今に至るまで、信じられないような不可思議現象は数えきれないほど体験し、体感してきました。
それらは記憶違いではないし、錯覚でもありません。
有り得ないことが、次から次へと間違いなく僕の目の前で起こり続けてきました。
そうした数々の不可思議現象の殆どは、過去のブログ記事にこと細かに書いてきたと思います。
いったいあれらは何だったのか?

普通に社会人として生きてこられてきた方の中には、不可思議現象が目の前で起きているのに、きっと錯覚か何かの間違えだと思って深く考えようとしない人も多いと思います。
頭から「ある筈のないもの」と決めつけてしまっているので、例え幽霊やUFOを見ていたとしても気がつかないのです。
そもそもそうしたものは、波長というものがとても大きく関わってきますから。
考えてみれば、僕もずっとそうでした。
目に見えない存在を意識し始めたのは、実はつい最近のことです。
それまでは、それを考える暇もありませんでした。
しかし一度意識し始めると、溜まっていた水が勢いよく滝のように流れ出すように、次から次へと不可思議現象が起こりました。
やがてこの世の本当のシステムは、自分が今まで考えていたものとはまるで違ったものかもしれないと思うまでに至りました。

その世界はこの3次元物質世界とはまるで違っていて、すべてが曖昧模糊としていて捉えようがないので、その世界のことを言葉で伝えるのはとても難しいです。
そこは物質世界とは正反対の、人の想いや感情がすべてを創り出して行く世界です。
そこは「不思議の国のアリス」や映画「ネバーエンディングストーリー」のような、お伽噺のような世界です。
その世界が特に強く反応する「人の想い」というのがあります。
それは、平等とか平和とか愛とかです。
そして「すべての魂は神の火の粉」、つまりワンネスという「認識」です。
(そういえば、それを「サムシング・グレート」と名づけた科学者や「内蔵秩序」と言った物理学者もいました。)
きっとそこは上も下もなく、優も劣もなく、善も悪も明も暗もない、すべてにおいて均衡がとれていて調和された世界なのです。
それを常に意識しながら自分の周りに存在するものすべてを尊重し、また自分のことも同じように尊重してこそ、この世で生きる本当の価値があるのだと思っています。
これこそが神道や原始キリスト教、そしてアニミズムの奥義だと考えています。
心が闇で覆われている人間がその光の世界と繋がるためには、向こう側に存在している者たちの協力が必要でした。
古代人(縄文人)たちはそれを知っていて、磐座などを使って高次元と交信していたのです。
(因みに、最近のチャネリングと呼ばれているものの殆どは悪霊か動物霊の類いとの交信なので、気をつけなければなりません。本物は本当に曖昧模糊としたものです。似て非なるものです。)

僕の目の前で起こった数々の不可思議現象は、何者かが僕にパラレルワールドとの繋がりを知らしめるために起こしたものだと考えています。
すべては、僕が生まれる前から仕組まれていたことかもしれません。
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心をピュアに保つためにとても大切になってくるのが、「言葉の遣い方」だと感じています。
聖書の一番最初の言葉は「はじめに言葉ありき」です。
「言葉の遣い方」でその人のすべてがわかってしまいます。
「言葉」は、霊的に見ても重要です。
「言霊」という言葉もある位ですから。

そういえば一昨日、トランプ新大統領の就任演説がありましたが、「アメリカ第一(America first)」を二度繰り返しました。(演説原稿には一度しかありませんでしたが、トランプ大統領はアドリブで二度繰り返しました。)
そして「わたしたちが守ることになるのは、アメリカ製品を買うこと、アメリカ人を雇用すること」という風に、国家利益ばかりが強調されていました。
流石に就任演説では封印されていましたが、それまでの記者会見やツイッターでの極端な暴言や下品な言葉遣いは知っての通りです。

もっとも美しい就任演説とされているのが、あのジョン・F・ケネディーです。
ケネディーが就任した1961年という年は、旧ソ連との冷戦状態真っ只中にありました。
そうした緊迫した状況にありながらも「世界中のみなさん、アメリカがあなたにできることを考えるのではなく、人類の自由のためにともに何ができるかを考えようではありませんか」と、アメリカ国民だけではなく、世界市民に向けて協調を呼びかけていました。

しかし、トランプ大統領は「アメリカを再び強くする。アメリカを再び豊かにする。アメリカを再び誇り高いものにする。アメリカを再び安全にする。そして、ともにアメリカを再び偉大にする」と、ケネディーとは正反対の「アメリカ度」が強調された演説になっていました。

数々の暴言が選挙を勝ち取るためのうけ狙い、パフォーマンスだったとしても、大統領に就任して尚もそうした自己中心的な姿勢を貫き続けていれば、世界から非難されてアメリカは孤立してしまいます。
折角今現在のアメリカの景気が回復し失業率も史上最低レベルにあるのに、その経済も逆に急落してしまうのではないかと心配してしまいます。
「言葉の遣い方」という面からトランプ大統領を判断するならば、最悪の人が大統領になったと言わざるを得ません。
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そもそもなぜ、数々のプロのジャーナリストがあれほど「トランプは大統領にならない」と確信し、それを主張する記事を書いていたにもかかわらず、トランプは大統領になれたのでしょうか?
それは間違いなくFacebookのせいです。
匿名の安っぽいウェブサイトが、明らかな虚偽をFacebookに拡散しやすいような形で記事化していて、そういったデマの記事の多くがトランプに有利に書かれていました。
「なぜヒラリー・クリントンは1億3700万ドル分の違法兵器を買ったのか?」とか、「クリントンが2億ドルのモルジブの豪邸を購入」といった捏造記事です。
また「ヒラリーが悪魔崇拝している」みたいな話があったり、メール問題を利用して「IS(イスラム国)を作ったのはヒラリーで、メールの中にはISへの指示が書かれたものも見つかった」なんていうのもありました。
こうしたデマを信じてトランプに票を入れた人がどれだけいるか?ということです。

ヒラリーのメール問題に関しても、Facebookの役員でもあるピーター・ティールが絡んでいることは間違いないです。
ピーター・ティールはシリコンバレーの大物投資家であり、ペイパルの共同創業者でもあって、そして共和党員です。
ここからは陰謀論になってしまいますが、Facebookには大衆監視・洗脳支配が仕組まれています。
CIA Memorial wall にて表彰を受けたFacebookの創業者マーク・ザッカーバーグは表彰の場にて「Facebookは過去生み出されたものの中でもっとも強力な大衆操作ツールだ」と発表しています。
そしてそのツールがもっとも発揮されたのが、今回の大統領選だったと言ってもいいと思います。

思えば2011年の民主化運動「アラブの春」も、アラブでインターネットが普及した時代でした。
「Internet」の「Inter」には「墓穴を掘る」という意味もあるそうで、「net」は蜘蛛の巣を表し、つまり嘘の情報という名の蜘蛛の巣に引っかかり、地獄に落とされるということです。
日本のネットはまだ健全なのだそうですが、欧米のネットはそれはそれは酷いそうです。
今は、それが政治にまで利用されてしまう時代だということです。
このままいくと、コンピューターという獣に支配されてしまう時代は、そう遠くないのかもしれません。
何しろコンピューター企業の大物投資家が、トランプ大統領のバックにいる訳ですから。
トランプ大統領、そしてシリコンバレーの大物投資家の真の狙いはいったい何なのか?それを慎重に見極めていかなければなりません。
それは表向きとは、まるで違うと思います。

霊能者と呼ばれている人たちは、トランプ大統領の心は読めないのでしょうか?
それさえ出来なくて、何が霊能者なのでしょうか?
それでお金を貰って、罪の意識はないのでしょうか?
新時代を迎えようとしている今、本当に信じられるのは自分の心の内側だけです。
各々が誰かに頼ることなく自立した精神でいることこそが、我々が自分自身を守る唯一の手段です。
時代がどう動こうと心をピュアに保ち、子供のような好奇心と情熱を持ちながら、同時に世界情勢をもしっかりと見極めていくことが大切です。

(写真は「水元&みさと公園」で撮りました。)


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前回、原始キリスト教と神社の繋がりについてちょっと触れましたが、今日はその部分をもっと掘り下げてみたいと思います。
このテーマは以前にも何度か採り上げたことがありますが、改めて考察してみようと思います。

八幡神社の「や」はユダヤ教の一神教の神「ヤハウェ」の「ヤ」で、「はた(わた)」は日本に原始キリスト教を持ち込んだ「秦氏」の「はた」なのだと前回は説明しましたが、ここにひとつの疑問が浮かび上がります。
秦氏が紀元後に日本に持ち込んだ原始キリスト教は、紀元前に物部氏が日本に持ち込んだ旧約聖書の神を悪神としているのに、なぜその「ヤハウェ」を祀っているのかという疑問です。

物部系の神社(物部神道)では、紀元前からずっと血の儀式が行われていました。
主な物部系の神社に出雲大社、籠神社、大神神社、諏訪神社などがありますが、諏訪神社では明治初期頃まで血の儀式が行われていました。
諏訪大社上社の前宮へと続く参道の坂道を登る途中に十間廊(じっけんろう)と呼ばれている建物があるのですが、これが古代イスラエルの幕屋と大きさ、方角、使い方などがまったく同じなので、日ユ同祖論の大きな決め手となっています。
そこでは毎年4月15日の「御頭祭(酉の祭)」に、鹿の頭75が供えられていたそうです。
以前、古代のアニミズム信仰を探る旅 part7〜北斗神社と日本人のルーツ、地球人のルーツという記事のところに書きました。

御頭祭は今は行われなくなりましたが、生きたカエルを串刺しにして神前に捧げる「蛙狩神事(かわずがりしんじ)」は現在でも行われていて、動物愛護団体が抗議活動をしたりしているみたいです。
また千葉県の君津市にある諏訪神社(諏訪大社を総本社とする神社)では、「ミカワリ」という奇怪な祭りが行われているそうで、儀式の中では切り分けられた肉を奪い合うというのがあって、神社の境内から出なければ子供だろうが容赦なく力ずくで肉を奪ってもいいのだそうです。
(柳田國男「年中行事覚書」によれば「ミカワリ」とは「身変わり」に通じるのだそうで、12月8日に日頃の自分の心身を清め、正月に向けて年神様をお迎え出来るような「身に変わる」ための準備なのだそうです。また12月8日は「事八日」「八日節供」ともいわれていて、様々な妖怪が姿を現す日ともされているそうです。これは不可思議大好き人間にとっては大変に興味深い内容で、その内に詳しく調べあげてアップしたいです。おそらく、これもユダヤに繋がってくるかと思います。)

こうした血の儀式を秦氏が廃止させようとして、秦氏の中の賀茂氏が禰宜を派遣して監視させた訳ですが、どうみてもこれらの残虐的な行事は悪神を鎮めるためのもの、若しくは悪魔崇拝的なものとしか思えない訳です。
神社の鳥居の赤(朱色)は、モーゼの「十の災い」時の「子羊の血」(出エジプト記12:1~13)の血の色を表しています。
子羊どころではなく、世界中の古代遺跡からは人間が生贄にされていたという証拠が沢山出てきています。(特にメキシコのケツァルコアトルの神殿の生贄は有名です。)
それは、日本の神話のヤマタノオロチ伝説の中にも見受けられます。
都市伝説ですが、現在でもイルミナティが悪魔崇拝を行っているという話もあります。

ここからさらに都市伝説的な内容になっていきますが、愛知ソニア著のイナンナバイブルでは、ヤハウェの正体はエンリルだと書いてあります。
エンリルというのはシュメール神話に登場してくる神です。
エンリルにはエンキという兄がいて、古代シュメール文化を研究したゼカリア・シッチン氏によれば、2人の兄弟はとても仲が悪く、孫(イナンナとマルドゥク)の時代の頃には決定的な亀裂が生じて大戦争にまで発展します。
それはやがて、神の代理戦争という形で人間同士が争うようになり、それは今現在も続いているのだそうです。

アカデミズムとはまったく違う独自の視点で遺跡などの調査を行っているはやし浩司さんによれば、神社にはエンリル系の神社とエンキ系の神社があるそうです。
それは狛犬を見れば分かるそうで、片方の狛犬に角が1本生えていたらエンキ系で、角が無いのならばエンリル系なのだそうです。
八幡神社の狛犬は角が1本あったので、エンキ系の神社ということになります。
しかし八幡の「や」はヤハウェ、つまりエンリルを表しているということは、エンリルの怒りを鎮めるためにエンキ系の秦氏が立てた神社ということになるのかもしれません。

シュメール文明といえば、メソポタミア文明よりもさらに古い、現在の歴史学が世界最古としている文明です。
シュメールというのは正しい発音ではなく、実際には古代バビロニア語ではスメル(Sumer)と発音します。
スメルといえば「スメラノミコト」、つまり天皇のことを意味するのではないかとする説があります。
アカデミズムは完全に偽書としていますが、縄文時代に書かれたという本「ホツマツタヱ」によると、神武天皇は日本の初代天皇ではなく、初期の縄文時代の頃からすでに天皇は存在していたようです。
つまり、「日本人シュメール起源説」です。
秦氏によって新約聖書が日本に持ち込まれる以前に物部氏によって旧約聖書が持ち込まれていた訳ですが、それよりも以前には、日本には世界最古のシュメール文明(天皇制)が存在していたということになります。

市川市、八幡神社にて

さて、秦氏は八幡神社だけではなく、稲荷、松尾、日枝などの様々な神社の創建に携わっていて、おそらく日本の神社の半分以上が秦氏による創建といえるかもしれません。
秦氏は間違いなく原始キリスト教の祭祀施設として、これらの神社を建てました。
しかし間違えないで頂きたいのが、現在のほとんどのキリスト教は秦氏の原始キリスト教とは似ても似つかない代物です。
原始キリスト教とは最初期のキリスト教のことで、イエスの直弟子(使徒)たちがユダヤ、ガリラヤにおいて伝道活動(布教)を始めた時代より、新約聖書の主要な文書が成立した後の西暦150年頃までをいいます。
この頃はまだバチカンの法王の権威が確立されてはいなくて、色々な原始キリスト教がヨーロッパ各地に乱立していました。

特に重要なのがグノーシス派です。
最近、紀元1~2世紀頃の現行の聖書に収められなかった古い福音書が次々と見つかっています。
トマス、フィリポ、ユダ、そしてマグダラのマリアの福音書です。
これらはすべてグノーシスです。
グノーシスとは古代ギリシア語で「知識」や「認識」という意味で、そこがカトリックとは相容れない部分であって、カトリックから弾圧される切っ掛けとなります。
なぜならアダムとイブがヘビに唆されて食べたリンゴは「知識」のリンゴであって、カトリックにとって「知識」は悪の象徴だからです。
弾圧といえば、特に酷かったのが1208年のカタリ派征伐のためのアルビジョア十字軍(フランス皇帝軍)だと思います。
そのことは以前に、執着をなくすということ〜カタリ派とディオゲネスという記事に詳しく書いたことがあります。

カトリックの弾圧によってグノーシス派などの原始キリスト教はほとんど姿を消しましたが、この極東日本に神道という風に形を変えて、その精神だけを残して脈々と受け継がれてきたということかもしれません。
賀茂氏でもあった徳川家康がキリスト教を禁じたのも、原始キリスト教を守るためだったのかもしれません。

原始キリスト教が姿を変えて受け継がれてきたのは、日本の神道だけではありません。
実は、フリーメイソンもグノーシスの流れを受け継いでいるといわれます。
有名なフリーメイソンのシンボル、コンパスと三角定規の真ん中にある「G」は、God(神)、Geometry(幾何学)の他に、Gnosis(グノーシス)という意味もあるそうなのですが、しかし僕の中では、どうしても神道とフリーメイソンが繋がってきません。
これもフリーメイソンがカトリックによって悪の組織に仕立てられ、特に日本人は陰謀という洗脳を掛けられているので、それが原因なのかもしれません。
しかし、もともとの教義は同じということです。
(フリーメイソンにも色々とあって、中には世界征服を企んでいる団体もあるかもしれませんが・・・。)

神道とグノーシスの違いは、イスラエル人(大和民族)かイスラエル人ではないかということです。
これは大きな違いです。
グノーシス派は「知識」を得ることによって、己の中にある神を引き出そうとしました。
一方、イスラエル人である秦氏は幕屋構造(前述した諏訪大社の十間廊のような建物)を応用して神社を建てて、その祈りの中で己の中に宿る神を引き出そうという、新しい信仰を作り出したのだと思います。
イエスが本当に伝えたかったのは、アニミズム(精霊信仰)だったのではないかと思っています。
アニミズムとは自然万物に神様が宿るという考え方で、自然を畏怖し崇拝することです。
つまりイエスの真の教えはカトリックの三身一体とは正反対のことだったと、そう思っています。
秦氏はこの日本で、そのイエスの教えを忠実に守ったということです。
秦氏が物部氏に血の儀式を行うのを禁じたのも、鹿もカエルも生きとし生けるもの皆に、それだけではなく岩や山や川や海にも、月や太陽や宇宙にもすべて、神様が宿っていると信じていたからなのでしょう。



今日の朝方、まだ日も昇らない暗い時間に目が覚めたのですが、真っ暗な筈なのに目を閉じると頭の辺りがとても明るく感じました。
あまりに明るいので昼間なのかと思い目を開けてみると、やっぱり真っ暗でした。
時計を見ると6時近かったので、瞑想をしようと起き上がり座禅を組んで目を瞑ると、額の第三の目の辺りにエネルギーが充満しているのが感じられて、それは痛いほどでした。
さっきまだ暗いのにとても明るく感じたのは、このエネルギーが原因だと分かりました。
そのエネルギーのお陰で今日は一日中でも瞑想が出来そうな予感がありましたが、今日やるべきこともあるので、7時ぐらいに瞑想を終えることにしました。

しかし僕は確かに、自分の中に煌々と輝く光を見ました。
前々からそれらしき光はうっすらと見えていましたが、今日ほど強くその光を感じたことはありません。
何者かが、僕の中の光を引き出してくれているようです。
それは今書いているこの記事と関係がありそうです。
(この記事を書くのに2〜3日掛かっています。)
これは、おそらくこの記事がとても重要なことを意味しています。
その何者かとは、いったい誰なのか?分かりませんが、神社と関係がありそうです。

瞑想とガヤトリーマントラを唱えることは、今年も毎日朝と夜の2回続けて行くつもりですが、実はガヤトリーと原始キリスト教(グノーシス)はとても近いと思っていて、ガヤトリーの光は僕は知識(叡智)だと思っています。
瞑想の最後に、身体中から青白い光が放出されているのをイメージしながら、自分の中に眠っている能力を引き出すということをやっています。
それは、自然万物の神様に感謝することによって可能になるのだと思っています。
今日、それが光の奇跡となって顕われたのかもしれません。


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