「物質界(3次元世界)に焦点を当てすぎている」
スピリチュアルの世界で生きておられる方たちが前回の記事を読んだら、きっとそう思うかもしれません。
確かに、政治の話はジャッジが付きものです。
精神世界において、人をジャッジするのではなく(自分の外側に重きを置かずに)、自分の内側に意識を集中させることが重要なのはよく分かっています。
しかし、まったく世間から離れてしまうのも良くないのではないか、むしろこの物質世界で繰り広げられているありとあらゆるドラマを味わい、味わい尽くすことによって得られる慈悲の心こそ、僕らがこの世に生まれ求めているものではないかと思うのです。
例えば、僕がもっとも尊敬しているアッシジの聖フランチェスコ、(1182年〜1226年)という人物は、俗世間から離れて山の中で禁欲的な生活を送っていたと思われていますが、実は教会を建て直したり貧しい人を助けたり精力的な布教活動を行ったりと、ちゃんとこの現実世界に寄り添って生きていました。
それはもちろんイエス・キリストからの啓示があったからですが、要するに外界に対してまったく相手にしないなんてことはしていなかったのです。
ペルージャとアッシジの戦いで捕虜になったフランチェスコは、牢獄で幻視や神の声を聞くなど不思議な体験をします。
1年以上を牢獄で過ごした後に釈放されて、和議が成立していたアッシジの町に帰ることができて、裕福だったフランチェスコの両親は息子の帰還に盛大なパーティーを開きます。
しかしフランチェスコはそのパーティーから抜け出して、街で見かけたハンセン病の人を思わず抱きしめます。
ハンセン病(ライ病)は当時、神罰を受けた「穢れた病気」として忌み嫌われていて、医学知識が十分に発達していないこともあって感染力が強いという誤解を受けていました。
フランチェスコは、そのハンセン病の人に自分の財産さえ渡してしまいます。
そしてアッシジ郊外のサン・ダミアノの聖堂で祈っていた時、「わたしの家を建て直しなさい。」という啓示を受けたフランチェスコは、父の不在中に商品を持ち出して近隣の町で売り払い、その代金をサン・ダミアノの下級司祭に差し出します。
それを知った父親は怒り、アッシジ司教の前で父子の対決をするのですが、フランチェスコは服を脱いで裸となり、「全てをお返しします」と言って衣服を父に差し出し、フランチェスコにとっての父は「天の父」だけだとして親子の縁を切って、裸で森の中へと消えて行きます。
フランチェスコが宣教を始めたのは、1208年か1209年の頃です。
街頭や広場に立ち、聖職者が用いるラテン語ではなく日常語のイタリア語で聖書を教えました。
彼は歌や音楽も利用して、巧みな説話で人々の心を捉えました。
そうした芸能的ともいえる活動から、フランチェスコは「神の道化師」とも呼ばれました。
彼は動物と会話をすることが出来たといいます。
彼は人間だけではなく、鳥にも説教をしていたそうです。
また村に大きなオオカミが出没して農作物を荒らされて村人たちが困っていた時、彼はそのオオカミと会話をして、餌を置いてくれたらもう農作物を荒らさないとオオカミが約束してくれたので、それを村人に話しました。
村人が餌を置く様になってからは、オオカミが出没することはなくなったそうです。
ちょうどそれと同じ頃、教皇イノケンティウス3世の呼びかけによって約1万の十字軍がリヨンに集結していました。
あの悪名高きアルビジョア十字軍です。
そして、カトリックによる人類史上稀に見る大虐殺が行われていく訳です。
同じく僕が尊敬して止まないのが、ジャンヌ・ダルク。
彼女は、王太子シャルル7世を助けてイングランドに占領されていたフランス領を奪還せよという神(イエス)の啓示を受けてフランス軍に従軍し、イングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収めます。
しかしブルゴーニュ公国軍によって捕らえられ、そして異端審問にかけられて、彼女は魔女であってキリスト教の敵であるとして異端の判決を受け、19歳で火刑に処せられます。
彼女は最期に「肉体は滅んでも、魂は永遠に生き続ける。」と叫んだといいます。
聖フランチェスコ、そしてジャンヌ・ダルク、2人に共通して言えることが神(イエス)とのコンタクトです。
コンタクトがあったからこそ、2人は聖人になったのです。
重要なのが、そのコンタクト。
我々凡人にコンタクトなどある筈はないと思われがちですが、そんなことはありません。
現代でもイエスを見た、啓示があったと言う人は後を絶ちません。
実は僕も2〜3度、イエスの啓示と思われる夢を見ています。
前回のブログ記事を書いた翌日にも、こんな夢を見ました。
夢の中で、イエス・キリストという言葉が浮かんでいました。
そして、紙に書かれた3333333という数字を見ていました。
目が覚めた後、僕はあの3並びの数字はイエスを顕しているのではないかと思いました。
僕が原発に関して危惧していることは、イエスもまったく同じなのではないか、そして福島の人々を、今も見守っているのではないかと思いました。
いやそれだけではなく、もう2度と福島の様な事故が起きない様に、この日本の全体を見守っている様な気がするのです。
因みに、僕はキリスト教信者ではありません。
僕はイエスは一神教の神ではなく、グノーシス派の考えに近くて、一天使にすぎないのではないかと思っています。
というより、高次元に住む異星人だと捉えています。
イエスは時々、自分の存在を地球人に示すために、UFOという人間の目に見える姿となって現れるのではないかと思っています。
UFOの目撃情報が急激に増えたのが、あの広島、長崎の原爆投下の後でした。
冷戦時代の米ソの水爆実験の時にも、多くのUFOが目撃されています。
核開発とクローン技術は、人間が踏み込んではならない神の領域だと警鐘を鳴らしている人もいます。
一昨年、米国物理学協会で有名なプラズマ物理学者が「火星の古代文明は宇宙人からの核攻撃により滅亡した」という論文を発表し話題になりました。
前世で火星に住んでいたというロシアの少年ボリスカ君によれば、現在も核戦争で生き残った火星人たちは地下で生活していると言います。
また旧約聖書のソドムとゴモラの話の中には、核爆発によって都市が滅びたとしか思えない様な惨状が詳細に書かれています。
モヘンジョダロ遺跡も、古代の核戦争の跡地だと主張している考古学者がいます。
最近の多くのUFO目撃情報は、過去にあった火星や地球の過ちを再び繰り返してはならないという、高次元からの強いメッセージとも受け取れます。
これは以前にもブログに書いたことなんですが、日本に原発が必要なのは電気が不足するからだと言っているのは口実に過ぎず、本当の目的は原発から核兵器を作れる様にしておくことにあるのです。
僕らがなぜ生まれて来たのか?
それは、地球を救うため。
そして脱原発を唱えることも、重要な使命なのではないかと思えてくるのです。
新天地に向かうためには、まず、この3次元世界(物質世界)に対して僕らがどんな見方をしているかということが大事になってくる様な気がするのです。
汚れたものは見ない、触れない、考えないでは、霊的成長は望めず、むしろ魂は退化していきます。
どの様な問題も他人事とせず、自分のことの様に想像して思い、考える精神が、今一番求められているのではないかと思うのです。
スピリチュアルの世界で生きておられる方たちが前回の記事を読んだら、きっとそう思うかもしれません。
確かに、政治の話はジャッジが付きものです。
精神世界において、人をジャッジするのではなく(自分の外側に重きを置かずに)、自分の内側に意識を集中させることが重要なのはよく分かっています。
しかし、まったく世間から離れてしまうのも良くないのではないか、むしろこの物質世界で繰り広げられているありとあらゆるドラマを味わい、味わい尽くすことによって得られる慈悲の心こそ、僕らがこの世に生まれ求めているものではないかと思うのです。
例えば、僕がもっとも尊敬しているアッシジの聖フランチェスコ、(1182年〜1226年)という人物は、俗世間から離れて山の中で禁欲的な生活を送っていたと思われていますが、実は教会を建て直したり貧しい人を助けたり精力的な布教活動を行ったりと、ちゃんとこの現実世界に寄り添って生きていました。
それはもちろんイエス・キリストからの啓示があったからですが、要するに外界に対してまったく相手にしないなんてことはしていなかったのです。
ペルージャとアッシジの戦いで捕虜になったフランチェスコは、牢獄で幻視や神の声を聞くなど不思議な体験をします。
1年以上を牢獄で過ごした後に釈放されて、和議が成立していたアッシジの町に帰ることができて、裕福だったフランチェスコの両親は息子の帰還に盛大なパーティーを開きます。
しかしフランチェスコはそのパーティーから抜け出して、街で見かけたハンセン病の人を思わず抱きしめます。
ハンセン病(ライ病)は当時、神罰を受けた「穢れた病気」として忌み嫌われていて、医学知識が十分に発達していないこともあって感染力が強いという誤解を受けていました。
フランチェスコは、そのハンセン病の人に自分の財産さえ渡してしまいます。
そしてアッシジ郊外のサン・ダミアノの聖堂で祈っていた時、「わたしの家を建て直しなさい。」という啓示を受けたフランチェスコは、父の不在中に商品を持ち出して近隣の町で売り払い、その代金をサン・ダミアノの下級司祭に差し出します。
それを知った父親は怒り、アッシジ司教の前で父子の対決をするのですが、フランチェスコは服を脱いで裸となり、「全てをお返しします」と言って衣服を父に差し出し、フランチェスコにとっての父は「天の父」だけだとして親子の縁を切って、裸で森の中へと消えて行きます。
フランチェスコが宣教を始めたのは、1208年か1209年の頃です。
街頭や広場に立ち、聖職者が用いるラテン語ではなく日常語のイタリア語で聖書を教えました。
彼は歌や音楽も利用して、巧みな説話で人々の心を捉えました。
そうした芸能的ともいえる活動から、フランチェスコは「神の道化師」とも呼ばれました。
彼は動物と会話をすることが出来たといいます。
彼は人間だけではなく、鳥にも説教をしていたそうです。
また村に大きなオオカミが出没して農作物を荒らされて村人たちが困っていた時、彼はそのオオカミと会話をして、餌を置いてくれたらもう農作物を荒らさないとオオカミが約束してくれたので、それを村人に話しました。
村人が餌を置く様になってからは、オオカミが出没することはなくなったそうです。
ちょうどそれと同じ頃、教皇イノケンティウス3世の呼びかけによって約1万の十字軍がリヨンに集結していました。
あの悪名高きアルビジョア十字軍です。
そして、カトリックによる人類史上稀に見る大虐殺が行われていく訳です。
同じく僕が尊敬して止まないのが、ジャンヌ・ダルク。
彼女は、王太子シャルル7世を助けてイングランドに占領されていたフランス領を奪還せよという神(イエス)の啓示を受けてフランス軍に従軍し、イングランドとの百年戦争で重要な戦いに参戦して勝利を収めます。
しかしブルゴーニュ公国軍によって捕らえられ、そして異端審問にかけられて、彼女は魔女であってキリスト教の敵であるとして異端の判決を受け、19歳で火刑に処せられます。
彼女は最期に「肉体は滅んでも、魂は永遠に生き続ける。」と叫んだといいます。
聖フランチェスコ、そしてジャンヌ・ダルク、2人に共通して言えることが神(イエス)とのコンタクトです。
コンタクトがあったからこそ、2人は聖人になったのです。
重要なのが、そのコンタクト。
我々凡人にコンタクトなどある筈はないと思われがちですが、そんなことはありません。
現代でもイエスを見た、啓示があったと言う人は後を絶ちません。
実は僕も2〜3度、イエスの啓示と思われる夢を見ています。
前回のブログ記事を書いた翌日にも、こんな夢を見ました。
夢の中で、イエス・キリストという言葉が浮かんでいました。
そして、紙に書かれた3333333という数字を見ていました。
目が覚めた後、僕はあの3並びの数字はイエスを顕しているのではないかと思いました。
僕が原発に関して危惧していることは、イエスもまったく同じなのではないか、そして福島の人々を、今も見守っているのではないかと思いました。
いやそれだけではなく、もう2度と福島の様な事故が起きない様に、この日本の全体を見守っている様な気がするのです。
因みに、僕はキリスト教信者ではありません。
僕はイエスは一神教の神ではなく、グノーシス派の考えに近くて、一天使にすぎないのではないかと思っています。
というより、高次元に住む異星人だと捉えています。
イエスは時々、自分の存在を地球人に示すために、UFOという人間の目に見える姿となって現れるのではないかと思っています。
UFOの目撃情報が急激に増えたのが、あの広島、長崎の原爆投下の後でした。
冷戦時代の米ソの水爆実験の時にも、多くのUFOが目撃されています。
核開発とクローン技術は、人間が踏み込んではならない神の領域だと警鐘を鳴らしている人もいます。
一昨年、米国物理学協会で有名なプラズマ物理学者が「火星の古代文明は宇宙人からの核攻撃により滅亡した」という論文を発表し話題になりました。
前世で火星に住んでいたというロシアの少年ボリスカ君によれば、現在も核戦争で生き残った火星人たちは地下で生活していると言います。
また旧約聖書のソドムとゴモラの話の中には、核爆発によって都市が滅びたとしか思えない様な惨状が詳細に書かれています。
モヘンジョダロ遺跡も、古代の核戦争の跡地だと主張している考古学者がいます。
最近の多くのUFO目撃情報は、過去にあった火星や地球の過ちを再び繰り返してはならないという、高次元からの強いメッセージとも受け取れます。
これは以前にもブログに書いたことなんですが、日本に原発が必要なのは電気が不足するからだと言っているのは口実に過ぎず、本当の目的は原発から核兵器を作れる様にしておくことにあるのです。
その分野での日本の技術は、実は世界一なのだそうです。
つまり、原発は抑止力になるのだと政治家や官僚たちは考えているのです。
こうなってくると、日本は立派な核保有国だと言えるのかもしれません。
しかし実状は抑止力どころか、自然災害による原発事故のリスクの方が非常に高いということです。
考えてみると、福島の人たちの苦しみを知りながら原発を望んでいる人たちがいるというのは、とても奇妙なことです。
闇の勢力たちによって洗脳され、コントロールされてしまっているからなのでしょうか?
この世界を支配しているのは、人類に友好的な異星人(神)ではありません。
つまり、原発は抑止力になるのだと政治家や官僚たちは考えているのです。
こうなってくると、日本は立派な核保有国だと言えるのかもしれません。
しかし実状は抑止力どころか、自然災害による原発事故のリスクの方が非常に高いということです。
考えてみると、福島の人たちの苦しみを知りながら原発を望んでいる人たちがいるというのは、とても奇妙なことです。
闇の勢力たちによって洗脳され、コントロールされてしまっているからなのでしょうか?
この世界を支配しているのは、人類に友好的な異星人(神)ではありません。
遥か昔、古代の時代から、この地球は闇の勢力が支配してきました。
地球のことを、異星人たちは悲しみの星(サラス)と呼んでいます。
聖フランチェスコが宣教を始めた頃、カトリックによる大虐殺がありました。
ヒトラーによるホロコーストがありました。
悲劇の歴史が計り知れないほどありました。
それらの殆どが闇の勢力の仕業だと言っても、信じる人は少ないかもしれませんが・・・。
少し古いものですが、ドランヴァロ・メルキゼデク氏のインタビューの動画をYouTudeから引っ張ってきて貼付けておきます。
メルキゼデク氏は天使という言葉を使っていますが、高次元の存在たち、あるいはハイアーセルフと同じだと思います。
ヒトラーによるホロコーストがありました。
悲劇の歴史が計り知れないほどありました。
それらの殆どが闇の勢力の仕業だと言っても、信じる人は少ないかもしれませんが・・・。
しかし高次元の存在は、闇の勢力の思いを一瞬で知ることができます。
闇の勢力が高次元の存在の思いを知るには、高度なテクノロジーがなければできません。
ここに、高次元の存在に対する彼ら闇の勢力の恐れがあります。
闇の勢力たちは必死でこの重たい3次元世界に僕らを引き留めようと、ありとあらゆる策を練ってきます。
しかし高次元の存在たちは、いつでも僕らに手を差し伸べています。
闇の勢力たちは必死でこの重たい3次元世界に僕らを引き留めようと、ありとあらゆる策を練ってきます。
しかし高次元の存在たちは、いつでも僕らに手を差し伸べています。
少し古いものですが、ドランヴァロ・メルキゼデク氏のインタビューの動画をYouTudeから引っ張ってきて貼付けておきます。
メルキゼデク氏は天使という言葉を使っていますが、高次元の存在たち、あるいはハイアーセルフと同じだと思います。
僕らがなぜ生まれて来たのか?
それは、地球を救うため。
そして脱原発を唱えることも、重要な使命なのではないかと思えてくるのです。
新天地に向かうためには、まず、この3次元世界(物質世界)に対して僕らがどんな見方をしているかということが大事になってくる様な気がするのです。
汚れたものは見ない、触れない、考えないでは、霊的成長は望めず、むしろ魂は退化していきます。
どの様な問題も他人事とせず、自分のことの様に想像して思い、考える精神が、今一番求められているのではないかと思うのです。
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