piabuの不思議blog

オカルトでも陰謀論でもなく、この世界に隠されている本当の真実を自分自身に起こった不可思議な体験を元に探求しています。人間はなぜ生きなければならないのか?異次元世界はどうなっているのか?知れば知るほどに、この世界が摩訶不思議なもので溢れていることに気づくのです。

2017年11月

大多数の人は、目に見えるものしか信じていません。
目に見えないものの話しをすると、すぐにオカルトという枠で囲ってしまいます。
もちろん、オカルトの殆どは作り話だとは思います。
しかしオカルトの中には真実も含まれており、真剣にそのことと向き合っている人たちもいます。
(真実を覆い隠すために意図的に多量のFakeを流している場合もあり、真実をオカルトと同一視させて笑い者にしたりしています。)

前回、僕は不可思議な女の子たちのことを書きましたが、僕が子供の頃に体験した不可思議なことはこれだけではなく山のようにあります。
子供の頃だけではなく、大人になってからも不可思議体験はずっと続いています。
そのことに対して僕は真剣に向き合い、このブログで事細かにすべて書き記してきました。
そこに、一切の偽りはありません。

そして辿り着いた結論は、この世界は3次元物質世界だけが存在しているのはでなく、多次元宇宙なのだということです。
量子物理学によれば、11次元あるそうです。
しかし実際は、もっともっと存在していると思われます。

要するに僕らは3次元世界に閉じ込められている訳ですが、このまま僕らを3次元世界に閉じ込めておこうとする勢力と、僕らをこの3次元世界から解放し自由にさせようとする勢力の争いが起きているということです。
僕らを閉じ込めておこうとする勢力のことを、僕は「闇の勢力」と書き記してきました。
(このことも世間では、陰謀論という枠で囲って笑い者にしていますが・・・)
そして、その「闇の勢力」がこの3次元世界の殆どを支配しているといっても過言ではありません。
その「闇の勢力」に対して、「神の勢力」はまさしく「神一厘」の状態といえます。
おらそく、1%にも満たないと思われます。

しかし、この3次元世界の向こうに、別の次元が幾つも存在しているということを忘れてはなりません。
そして、その別の次元から我々人間たちを絶えず傍観している者たちがいるということです。
その傍観者たちとは、いったい何者なのか?
それは5次元以上の高い波動を放つ、我々とは比べ物にならないほどの成熟した精神の持ち主なのでしょうか?
はたまた4次元世界の低い波動を放ちながら我々を監視し、肉体に憑衣したりテレパシーを使って人間を悪しき方向へと誘導する悪魔なのでしょうか?
そしてこの世界は、本当にこの2つの勢力の争いの場なのでしょうか?
2017110706
ここの所、洋楽(ポップス)の動画ばかりをブログを載せていたので、一気にクラシック音楽への憧れが強くなりました。
ずっと音楽から離れていたので(意図的に)、長年聴き続けてきたポップスやクラシックが新鮮に感じられて、時々心の震えが止まらなくなってしまう。
この間、Eテレでワーグナーの『ニーベルングの指輪』ワルキューレ第一幕がやっていて、それを聴いてからというもの、また一気にワーグナー熱が自分の中に沸き上がってきました。

しかし、今は時代が変わりました。
昔だったらすぐにレコード店へ直行していましたが、今はYouTubeで探せば簡単に無料で聴けてしまう。
いい時代になったんだかどうだか・・・
苦労しない分、有り難みも少なくなったような・・・

ワーグナーを聴いた後に、なぜか無性に聴きたくなってきたのがシベリウスです。
シベリウスはワーグナーに影響されていますから、似ているいえば似ていますが、中身はまるっきり違うと思います。
それは、モチーフにした神話が違うからです。
ワーグナーはオペラ『ニーベルングの指輪』を「北欧神話」、特に英雄叙事詩「ニーベルンゲンの歌」をモチーフにして作りましたが、シベリウスは主に「フィンランド神話」をモチーフにして交響曲や交響詩などを作りました。
「フィンランド神話」は「北欧神話」とは接点がなく、まったく別系統のものです。
フィンランド人は、「北欧神話」を伝えたゲルマン人とは人種も言語も異なる「バルト・フィン語族」です。
因みにゲルマン人は、自分たちより古い時代から住むフィンランド人を「呪術を使う北の人々=ラップ人」として恐れていたそうです。
(中国大陸の人々が、呪術や鬼道を使う邪馬台国の卑弥呼を恐れていたのと似ています。)

前述したように、シベリウスは「フィンランド神話」(19世紀にエリアス・リョンロートが編纂した「カレワラ」は、随分改竄を加えているようですが・・・)をモチーフにして数々の曲を作っていますが、しかし初期の作品、交響詩『エン・サガ』Op.9だけは、実はどうやら「北欧神話」を題材としているようです。
「サガ」とは古アイスランド語のsegja(「言う」を意味する動詞)から派生した言葉で、「語られたもの、語り物、物語」を意味しています。
「エン」は「ある」とか「ひとつの」という意味なので、「エン・サガ」とは「ある伝説」という意味になり、これはフィン語ではありません。

つまり、シベリウスは間違いなくワーグナーを意識して、この「エン・サガ」を作曲しているということになります。
シベリウスは本当はオペラ作曲家になりたかったのですが、ある日聴いたワーグナーのオペラに衝撃を受けて、自分はオベラの作曲は向いていないかもしれないと思い悩んだそうです。
そしてその頃に書かれたのが、この「エン・サガ」です。

「エン・サガ」を聴いてみると、悲劇の英雄伝のような感じがしてきます。
しかし、後にこの伝説の英雄は誰なのかと人から問われても、シベリウスは「エン・サガの解釈だけは、どうにも私の性分に合わないのです。」と述べて何も語ろうとしなかったそうです。
けれども、当然ワーグナーを意識していた頃の作品なので、その英雄がワーグナーの『ニーベルングの指輪』に登場するジ-クフリ-ト、または「北欧神話」の伝説的英雄(「ヴォルスンガ・サガ」のシグルズ「ニーベルンゲンの歌」の主人公ジーフリト)であることは想像に難くないです。
2017110707
ここから、また僕の不可思議体験記に急転換します・・・すみません。
僕は「フィンランド神話」に異常なほどの親近感を覚えます。
フィン族は精霊信仰、つまりアニミズム的な原始宗教をずっと守り続けてきた民族です。

夢の中で、僕はある道の脇に丸い大きな石を見ました。
その石には沢山の花が飾られてあって、そこから精霊のようなものを感じました。
僕の家から自転車で10分程度の所に実際にある道なのですが、夢に出てきたその場所は現実とはちょっと違っていて、北欧のような色とりどりの家が建ち並ぶ綺麗な街でした。
僕が実際にその道に行ってみると、そこにとても信心深いクリスチャンが住んでいました。
彼女の信仰によって、そこの土地全体が清められていることを知りました。
因みに僕はクリスチャンでも何でもなく無宗教ですが、信仰によって実際にこの世界が清められているということを目の当たりにした瞬間でした。
彼女はカトリックでしたが、原始キリスト教=アニミズムという僕の長年に渡る推理を動かぬものにした決定的瞬間でした。(もちろん自分の中でだけですが・・・)

恐い夢も見ました。
おそらく北欧の悪霊です。
両親と子供2人の4人家族の悪霊で、4人とも顔全体がただれていて目も口も鼻も無くなってしまっていてノッペラボウのようでした。
一番下の5〜6才ぐらいの男の子だけは大きな口を持っていて、耳のあたりまで裂けていました。
彼らは普段は針葉樹の上で暮らしていますが、時々木から下りてきて人間に悪さをします。
彼らは間違いなく、北欧に存在する悪霊です。
この世は精霊と悪霊の争いの場でもあるのです。

(これは「フィンランド神話」ではなく「北欧神話」の方の話しですが、以前にワーグナーによる「輪廻転生」表現をめぐって〜未来永劫に一体となって、そして愛に包まれてという記事を書いていた時に、ブリュンヒルデの霊が降りてきたことがありました。ブリュンヒルデの伝説は作り話ではなく実話なのだということを、その時に知りました。古代の神話の多くは、実際にあったことが書かれている可能性が高いです。僕の中ではもう、学校で習った歴史よりも信憑性が高いです。)


さて、僕は晴れた日には水元公園までサイクリングをするのですが、なぜここまで水元公園に執着してしまうのかが最近わかってきました。(このブログに載せている写真の殆どは、水元公園とみさと公園で撮ったものです。)
水元公園の景色が、フィンランドの景色にとても良く似ているのです。
僕は、なぜか懐かしさを感じてしまう。
フィンランドに行ったことは一度もないのに・・・
僕の前世は、フィン族だったのかもしれません。

そういえば、そもそも日本人とフィンランド人は肌の色や髪の毛の色や目の色も違いますが、言葉や文化は非常に近いものがあるとよくいわれます。
日本人とフィンランド人は、魂的にも近いものがあるのかもしれません。
シベリウスの音楽を聴いていて、どことなく日本の民謡に近いものを感じたりします。(特に「エン・サガ」を聴くとそう感じます。)
それから日本とフィンランドは距離的には遠いですが、どちらも大国ロシアを相手に戦争をした歴史があります。
日本は日露戦争と太平洋戦争終戦と同時に北方四島を奪われたという歴史がありますが、フィンランドにはもっと酷い歴史があります。

フィンランドは大昔、それこそ旧石器時代の頃は氷河に覆われていました。
氷河が消えた後、まだ陸続きだったイギリスからノルウェー沿岸を経てフィンランド北部まで移動した民族、または東欧から移動した民族がフィン族になったのだといわれています。
12世紀に隣国のスウェーデン王国に侵入され、その約600年後にスウェーデンは1808~1809年の戦争でロシアに敗北。
フィンランドを併合したロシアは比較的緩やかな統治をしていましたが、アレクサンドル3世(1881〜1894)やニコライ2世(1894〜1917)の治世になって、ロシア民族主義が台頭し、フィンランドをロシア化しようとする試みが行われ、フィンランド人はこれに対抗して愛国独立運動が高まります。
そしてロシアで革命が起こり、その混乱のさなかの1917年12月6日にフィンランドは独立を宣言をします。
しかし第二次大戦中に旧ソ連と二度にわたる戦争をして東部のカレリア地方を奪われた上に、敗戦国として多額の賠償を課せられました。

長い間他国に占領され続けてきて、独立してもまたすぐ敗戦して領土を奪われ、フィンランド人は自信をなくし疲弊しきっていました。
ロシアによる併合後にリョンロートによって収集・編纂された伝承叙事詩「カレワラ」の出版によって、フィンランド人の民族意識は高揚していきました。
そして、その「カレワラ」をモチーフとしたシベリウスの数々の音楽によって、一気に熱を帯びていきます。
シベリウスは政治家にもなり、ロシアの圧政に対して音楽という精神的な側面からだけではなく、政治的な面からも対抗していきました。
シベリウスが作曲した『フィンランディア』は、フィンランド国歌になりました。
シベリウスは、今でもフィンランドの国民的英雄です。
2017110702
YouTubeで色々な演奏家の「エン・サガ」を聴きましたが、アシュケナージの指揮が一番いいと思ったので引っ張ってきます。
だけど、動画のバックの絵が完全に「カレワラ」の絵なので、「エン・サガ」だけは「北欧神話」をモチーフにしているというこのブログの主旨と違ってきてしまいます。
おそらくこの動画を作成した人は、英雄とは「カレワラ」に登場してくるワイナミョイネンやレンミンカイネンのことだと考えているのでしょう。
実際、そのことについてシベリウスは何も語らなかった訳ですから、間違いではありません。
どちらにしても動画にはアニミズム的なものがすごく感じれて、とても好きな動画なので、ブログに載せます。↓



「エン・サガ」の楽曲解説をされているHPを見つけたので、もっと曲について詳しく知りたい方は立ち寄ってみてください。↓
http://www.chibaphil.jp/archive/program-document/ensaga-commentary

「北欧神話」はシベリウスが「エン・サガは、どうにも私の性分に合わない」と言ったように、「フィンランド神話」とは対照的な神話です。
その神話や宗教が悪魔崇拝に繋がっているのかどうかは、生贄の儀式があるかどうかをみれば一目瞭然で、「北欧神話」にはどうやらそれがあったようです。
知識を得るためユグドラシルの樹で首を吊ったという逸話からか、オーディンは首吊りによる死と結びつけて考えられていた。こうしてオーディンさながら首吊りで神に捧げられたと思われる古代の犠牲者は窒息死した後に遺棄されたが、ユトランド半島のボグでは酸性の水と堆積物により完全な状態で保存された。近代になって見つかったこれらの遺体が人間が生贄とされた事実の考古学的な裏付けとなっており、この一例がトーロン人である。しかし、これらの絞首が行なわれた理由を明確に説明した記録は存在しない。
日本には流石に人間の生贄はないと思いますが、諏訪大社には聖書のイサク奉献伝承の祭りが残っています。
他にも蛙狩神事は今現在も行われていますし、御頭祭や御柱祭も一種の生贄です。
御柱祭の柱は逆さに立てますし、実は昔は人柱だったともいわれています。

北欧神話がギリシャ神話、そしてユダヤ教やカトリックに繋がっていったといっても過言ではないと思います。
ユダヤ教のヤハウェは荒ぶる神で、人間が罪を犯したと言ってはいったい何人の人間を殺してきたことか?
これが「闇の勢力」の正体です。

対照的なのが、「フィンランド神話」です。
前述したように、フィン族は精霊信仰、つまりアニミズム的な原始宗教をずっと守り続けてきた民族です。
北欧神話よりも更に古い神話です。
もちろん、リョンロートによって編纂されたのは19世紀に入ってからですが・・・

注目すべきは、鳥が重要な要素になっているということです。
「カレワラ」では世界がどのように創造されたかといえば、母なる大気の乙女イルマタルが、波にゆすられ、風に愛撫されて海に落ちてしまいます。
海の母として妊娠したまま長い年月を波間に彷徨いますが、ある時一羽の鳥が彼女の膝の上に巣を作り卵を産みます。
鳥が卵を温めるのがあまりに熱かったので、イルマタルは身じろぎし、卵は海に落ちて割れてしまいます。
その卵のカケラから始まったのが、この世界。
そういえば、シベリウスの名曲「トゥオネラの白鳥」や「鶴のいる情景」を思い出します。

鳥といえば、日本にも烏天狗がいます。
ヤタガラスもいます。
古代エジプトの壁画には、鳥頭人間が沢山掘られています。
エジプトの壁画に描かれている鳥は、プレアデスのシンボルだと以前記事に書いたことがあります。
日本は古代よりプレアデスやリラ、オリオンなどと深い繋がりがあるのですが、ひょっとしたらフィンランドもプレアデスと繋がりがあるのかもしれません。
そのことと、どことなく言葉や文化が似ているというのも関係があるのかもしれません。

その昔、この3次元世界と異次元世界はとても接近していました。
しかし現在この3次元世界は、別次元から完全に切り離されてしまっていて、物質(目に見えるもの)が強調されている時代なのだと思います。
ひとりひとりが古代人が仕掛けた謎掛けを解きながら、切り離されてしまった別次元の存在を再び取り戻していかなければならないのだと思うのです。
2017110704

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2017110701
あの日は確か、良く晴れた秋の日の午後だった
僕は転校先の学校の校庭で、母と一緒に僕が入るクラスの担任の先生を待っていた
もう授業は始まっていたようで校庭には誰もいなかったが、僕と母以外になぜか近くで鉄棒で遊んでいるひとりの女の子がいた
先生は職員室から出てくると小走りに寄って来て、そして母と色々と話しはじめた
僕はなぜか悲しくて悲しくて、涙が溢れ出て止まらなかった

前の学校のある女の子のことを思い出していた
彼女はとても頭が良くて成績が学年でもトップクラスだったのだけれど、身体が弱く、病気のせいで太陽に当たることが出来ないから、だから彼女はお昼休みの時間にみんなと一緒に校庭に出て遊ぶことが出来なかった
いつもお昼休みの時間は、彼女はひとりだった
「いつも寂しくて、だから今度のお昼休みの時間、私と一緒にいてくれない。一度だけでいいの。」
彼女は隣の席に座っている僕に、そう話しかけてきた
その日以来、お昼休みの時間は彼女といるのが僕の日課になった

しかし、折角仲良くなったのに、僕は転校してしまうのだ
最後の休み時間、彼女は泣いていた
僕は泣かなかったけれど、彼女には申し訳なく思っていた



「クソッ、今頃になって、なんでこんなに涙が出てくるんだ。」
そう思っていると、近くで鉄棒をしていた女の子が動きを止めて、しばらく僕の泣き顔を見た後、またぐるんぐるんと回り始めた
「○○さん、なんでそんなことやってるの?○○くんのこと出迎えているの?あらそう。(笑)教室に戻って待ってなさい。」
先生がそう言うと、女の子は走って教室に戻っていった

その子は、とても不思議な女の子だった
あまり話したことも遊んだこともなかったのだけれど、時々僕のそばに座っては僕の頭の髪の毛を興味深げにいじったりしていた
僕の髪の毛はちょっと赤くて、縮れていたからかもしれない
いや、しかしそれだけではなかったような気がする
今考えてみても、どうみても女の子は宇宙人だったとしか思えないのだ



転校してから暫くして、僕は風邪をこじらせてしまった
母に連れられて病院に行ったその帰り、小高い丘の公園へと続く幅の広い銀杏並木の長い坂道を登っていると、その道の片隅に5〜6才くらいの白い服を着た女の子がひとり落ち葉であそんでいた
ブランコや砂場などもある、そこは小さな公園のようになっていた
ちょうど今ぐらいの季節だったから、そこの辺りは一面が黄色で埋め尽くされていた
それからも度々僕は丘の公園に遊びに来ていたが、必ず同じ場所でその女の子を見かけた

ある日、その女の子が僕の所に駆け寄ってきて、「ねえ、わたしと一緒におままごとして遊ばない?ねえ、いいでしょ、お願い。」と言ったのでびっくりしてしまった。
女の子は僕の手を掴み、僕は誘われるままその例の場所で腰を下ろした
女の子は黄色い銀杏の葉っぱをいっぱいかき集めて、山のようにした
「はい、これあなたのぶん、これは、わたしのぶん。」
2017111301
それからというもの、僕は女の子とそこで毎日のように遊んだ
ブランコに乗ったり、走りながら銀杏の葉っぱを投げあったり・・・
しかし、ある日女の子はこう言った
「明日から、わたしいなくなっちゃうの。だから、あなたと遊べるの、今日が最後。」
僕は「なんで?」と訊いたけれど、女の子は何も答えなかった
翌日、その道を通ったけれど、女の子はいなかった
気がつけば、辺り一面に落ちていた銀杏の葉っぱは一枚も見当たらず、すでに冬の装いを呈していた
僕はその翌日も、その翌日もそこを通ったけれど、女の子が姿を現すことはなかった
それからその坂道を登る度に、いつも何だか異次元に来てしまったような感覚に襲われた
特にブランコを見ると、少し恐く感じた

女の子は銀杏の妖精だったのかもしれないと、大人になってから僕はそう思うようにしていた
しかし気がついたのだが、ひょっとしたら僕は最近も度々会っているのかもしれないと思うようになった
公園ではなく、スーパーで買い物をしている時などに、しばしば白い服を着た5〜6才くらいの不思議な女の子を見かけるのだ
突然僕にコインを1枚くれたり、僕を見た途端にバンザイをしながら向こうへ走り去ったり・・・
その時は気がつかなかったが、次第にあの子はあの銀杏の妖精なのかもしれないと思うようになった
約40年も経って、まだ5〜6才の女の子のままだった
そのことに気がついたら、女の子はまた現れなくなった
あの女の子は、いったい誰なのだろう?



人は誰しも、子供の頃からこの社会の一般的な常識や価値観を大人から刷り込まされて育っていく
人はこう生きるべきなのだと、こんなことをしてはいけないのだと、そして勉強していい学校に入っていい所に就職して・・・
しかし、こんな経験をしてきた今の僕だから言えることがある
真の幸せとは、そんな所にはないのだと・・・
それは見せかけだけの、偽の幸せなのだと・・・

学校は真実を教える場所ではない
本当の真実を知りたいと思った瞬間に、その人は真の人間に生まれ変われる
ディオゲネスは「人間を探しているのだ」と語った
今や世の中は、ロボット人間で溢れかえる
子供の頃に出会った不可思議な女の子たちが、今の僕に人間性を取り戻してくれる



【Swing Out Sister / Now You're Not Here】
Lyrics&Compose ; Connell, Drewery, O'Duffy

Love was young
We saw beyond a sky that had no limits
Much higher than the highest star
Beyond the furthest planet
We thought that we could change the world
And everything in it
But time ran out of endless hours
Gave into doubt, were we just playing an endless game
That no one ever wins

(*1)
If I could run away
Hide away
Forget the way I feel
But your memory keeps haunting me
Convincing me it’s real
Now you’re not here
Now you’re not here

Love and hate
Left up to fate
A life we took for granted
We couldn’t stop our running from the things we always wanted
No long goodbyes
No tears to cry
And nothing to believe in
But now you’re gone
We’ll never know a love that’s grown
Time took away
All that it gave to the two of us

(*1 repeat)

When our hearts were young and nights were long
We’d let the morning sun kiss our eyes open
Precious dreams that we had now they are dead and gone
The promises we made have all been broken

(*1 repeat)

In my arms
In my life
Lovin’ you, is just a memory
Now you’re not here
Now you’re not here
With me now, in my arms, in my mind, in my life


 【スウィング・アウト・シスター「あなたにいてほしい」1996年】

愛は幼かった
私たちは果てない空の彼方を見ていた
一番高い星よりも遥かに高い
遠い惑星の向こうへ
私たちは世界を変えられると思っていた
それがすべてだった
でも 無駄な時間を使い果たした
お互い信用しなくなって 私たちはまるで終わりのないゲームをしていた
勝者なんていなかった

(*1)
もし逃げることができるなら
隠れることができるなら
この感情を忘れることができるなら
でも あなたの記憶が私から離れない
まるであなたが本当にそこにいるかのように
今 あなたはここにいない
今 あなたはここにいない

愛 そして憎しみ
運命に委ね
当前のことのように思っていた人生
私たちがずっと望んでいたことから逃げることを止められなかった
永遠の別れなんて
悲しい涙なんて
まったく信じていなかった
だけど今 あなたはいない
もう私たちの成長した愛の形を知ることはない
時が奪い去った
私たち2人が積み上げてきたものを

(*1 リピート)

私たちの心が若く そして夜が長かった頃
朝日がキスをして 私たちを起こしてくれた
大切な夢は 今や死に去った
約束はすべて 破れてしまった

(*1 リピート)

私の腕の中に
私の人生の中に
愛するあなたがいる でもそれはただの記憶
今 あなたはここにいない
今 あなたはここにいない
今の私と 私の腕の中に 私の心の中に 私の人生の中に 
あれは夢だったのかもしれないと、何度も思った
しかし不思議なのだ
遠い日の記憶なのに、手を伸ばせば簡単に届きそうなのだから

今も、あの銀杏の妖精と遊んだ感触はしっかりと残っている
僕は確かに、あの女の子と遊んだ
あの子は、本当に銀杏の妖精なのだろうか?
それとも、幽霊?宇宙人?地球さん?ガイヤさん?

何でもいい、何であっても、あの記憶は僕の中に大切にしまわれている
僕の中に・・・僕の中に・・・
2017111302

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2017110705
僕らの傍らには、いつも音楽たちがいてくれた
辛い時、悲しい時、僕らを慰めてくれた
あぁ、それだけではなく、僕らを精神的にも高めてくれた

もし、音楽たちがこの世にいなかったら・・・
それこそ、この世がハクスリーのSF小説「すばらしい新世界」のようになっていたら・・・
すべての人がこの世の中に対してまったく疑問を抱くことがなく、不快な気分になったら薬を使って楽しい気分になって、そして孤独を感じることもなかったら・・・
音楽は必要なくなってしまうのだろうか?
音楽だけではなく、すべての芸術は心を乱すものとして排除されてしまうのだろうか?

だけど僕は、このことだけはまったく疑う余地もないと思っている
美しいと思う心こそが、魂の成長を促すのだと・・・



カリフォルニアのある病院で、ひとりの女性が息を引き取った
原因は拒食症による急性心不全で、32才という若さだった
彼女が母親に残した最期の言葉は、「私のお母さんになってよ。」だった
カーペンターズのヴォーカル、カレン・カーペンター・・・ポール・マッカートニーが「世界で最高の女声であり、旋律が美しく、豊かで、そして独特だ。」と大絶賛した世界の歌姫だ

彼女が拒食症になった原因は、幼い頃に両親からの愛を受けられなかったからといわれている
兄のリチャードがとても優秀だったため、両親の愛はリチャードだけに注がれてしまったのだ
「いつか母親に振り向いて欲しい、いつか自分のことも愛して欲しい」
そういうやり切れない思いで、ずっと生きていたのだろう
彼女の歌声の美しさは、幼少期に体験した母親への強い愛の欲求から来ていたのだ

カレンもリチャードも尊敬していたというヘンリー・マンシーニは、こう語ってる
「偉大なパフォーマーは、人の心を惹き付ける素晴らしい資質を持っています。それは、決して陽気でハイな性格から生まれるものではありません。抱えている現実の深い底流から生まれるものなのです。」
2017110703
この現在の日本にも、カレンと同じ悩みを抱えている子供たちは山ほどいる
フェミニズムの普及がその原因だ
安倍首相が成長戦略の柱に据える「女性が活躍する社会」
一見すると素晴らしい政策だが、実はそうではない

結婚して子供を作っても、保育所に子供を預けることで仕事を辞めずに続けていく
そして、その子供は親の愛情を受けられずに育つから、愛情不足の大人になりやすい
愛情不足で育った大人は、摂食障害や恋愛依存症に陥りやすい
そうやって人間性を壊して行くのだ・・・そうやってこの社会を壊して行くのだ
そもそもフェミニズムというのは、闇の勢力が押し進めてきたものなのだから



スーパースターをはじめ、カーペンターズに数々の楽曲を提供したレオン・ラッセルが、去年の11月に74才で他界した
ギターとキーボードの両方が弾けるマルチ・プレイヤーで、ローリング・ストーンズ、ジョージ・ハリソン、エリック・クラプトン、ビーチ・ボーイズ、エルトン・ジョン・・・などなど、セッションに参加した人たちを数え上げるとキリがない
レオン・ラッセルといえば、やはり名曲「A Song For You」
強烈なダミ声なのに、なぜこんなにも哀愁を誘うのか?
普通に歌ったら物足りなくて、レオンはワザとこのように感傷的に歌ったのかもしれない
もともとカーペンターズのために書き下ろされたこの楽曲
後にこの曲をカヴァーしたアーティストは数えきれない
ダニー・ハサウェイ、アレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、ホイットニー・ヒューストン、アンジェラ・アキなどなど・・・
好き嫌いはわかれるかもしれないが、しかしオリジナルを越えるものはおそらくないだろう

 


ユーミンの音楽に多大な影響を与えたというプロコル・ハルムの『青い影』(Procol Harum / A Whiter Shade of Pale)
しかし、この曲の詞の意味を本当に理解している人は少ないのではないだろうか?
それに、この曲に強い霊的なのを感じてしまうのは、僕だけだろうか?
これは、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』を聴いた時と同じ感触だ



(↑ の動画は2番で終わっていますが、本当は4番まであります。↓ の歌詞は、4番まで載せています。訳は、四苦八苦しながら色々なものを参照して自分でやってみました。)
【Procol Harum / A Whiter Shade of Pale】
Lyrics ; Brooker Gary, Compose ; Reid Keith

We skipped the light fandango
Turned cartwheels 'cross the floor
I was feeling kinda seasick
But the crowd called out for more
The room was humming harder
As the ceiling flew away
When we called out for another drink
The waiter brought a tray

(*1)
And so it was that later
As the miller told his tale
That her face, at first just ghostly,
Turned a whiter shade of pale

She said, "There is no reason
And the truth is plain to see"
But I wandered through my playing cards
And they would not let her be
One of sixteen vestal virgins
Who were leaving for the coast
And although my eyes were open wide
They might have just as well been closed

(*1 repeat)

She said, "I'm here on a shore leave,"
Though we were miles at sea
I pointed out this detail
And forced her to agree,
Saying, "You must be the mermaid
Who took King Neptune for a ride"
And she smiled at me so sweetly
That my anger straightway died

(*1 repeat)

If music be the food of love
Then laughter is it's queen
And likewise if behind is in front
Then dirt in truth is clean
My mouth by then like cardboard
Seemed to slip straight through my head
So we crash-dived straightway quickly
And attacked the ocean bed

(*1 repeat) 


 【プロコル・ハルム「青い影」1967年】

僕らは陽気なファンダンゴでスキップして
床に側転していたんだ
僕はちょっと船酔いした気分だった
でも観客は「もっとやれ」と叫んでいた
部屋は更に騒がしくなった
天井が吹き飛ぶくらいに
僕らはもう一杯別のドリンクを頼んで
ウェイターがトレイを持ってきた

(*1)
そしてそれは、その後に起こったんだ
粉屋で働くあいつが 彼の物語を語ると
彼女の顔は 最初はただ幽霊のようだったけれど
もっと淡くて白い影のようになっていったんだ

彼女は言ったんだ「理由なんてないの
何が本当かは ひと目見ればわかるの」
僕は出すべきトランプのカードに迷っていたが
みんなが彼女をそうさせないだろう
16のウェスタ神に仕える乙女のひとりを
一体誰が岸に向かわせるというんだ?
僕の目は大きく開いていたけれど
みんなの目は閉じていたのかもしれない

(*1 リピート)

彼女は言ったんだ「船が陸に着いている間はここにいる」と
僕らは遠くの海に出ていた
僕は細かい所まで注意を払っていた
それに強引に君に従わせるしかなかった
言ってるじゃないか「君は人魚じゃなきゃならないんだ
一体誰が海の神ネプチューンに乗っていたというんだ?」
すると彼女は 僕にとてもやさしく微笑えんだ
僕の怒りは すぐに消えていった

(*1 リピート)

もし音楽が愛の糧ならば
笑いはその女王だ
そして同様に もし後ろが前というならば
汚れたものはとてもきれいということになる
僕の言葉がまったく意味をなさなくなった時
僕の頭からまっすぐに滑り落ちていくのが見えた
僕らはただまっすぐに急速潜航していった(crash dive = ⦅潜水艦の⦆急速潜航)
そして 海のベッドを襲ったんだ(海底を攻撃した)

(*1 リピート) 
主人公が実は戦死しているということを、僕は最近までわからなかった
詞を訳してみて、やっとわかってきた
主人公は戦争中の潜水艦の乗務員だったのだ
仲間たちと一緒に戦死した主人公が、幽霊になって恋人の前に現れたのだと考えれば、すべての辻褄が合ってくる
この曲に強い霊的なのを感じていたのは、そのせいなのかもしれない
この曲は、とんでもなく悲しい反戦歌だったのだ

「後ろが前というならば、汚れたものはとてもきれい」とは、つまり「戦争という不条理がまかり通るならば」ということだったんだ
ユーミンはこの曲に衝撃を受けて、あの「ひこうき雲」を作曲したといわれているが、「ひこうき雲」=反戦歌という風には僕は結び付かなかった
しかし、宮崎駿監督のアニメ「風立ちぬ」の主題歌として聴いてみると、反戦歌に聴こえなくもない
回り回って再び「ひこうき雲」を聴いてみると、僕は「ひこうき雲」のことを何もわかってなかったような気がしてくる
ひょっとしたら「青い影」と「ひこうき雲」は、目に見えない所で強い結び付きがあるのかもしれない
2017110708
最近アメリカから来たセールスマンは、やたらと自分たちの兵器を自慢してはアジア各国の政府に売りつけている
北との猿蟹(さるかに)合戦にも、ウンザリだ
商売のための自作自演であっても、それが地球の危機を齎していることに変わりはない
人類は、いったい何時になったら目を開くのだろうか?


(最後にもう少し明るい曲を載せます。ビージーズ「愛はきらめきの中に」です。)



【The Bee Gees / How Deep Is Your Love】
Lyrics&Compose ; Barry Gibb, Robin Gibb, Maurice Gibb

I know your eyes in the morning sun
I feel you touch me in the pouring rain
And the moment that you wander far from me
I wanna feel you in my arms again

And you come to me on a summer breeze 
Keep me warm in your love and then softly leave
And it’s me you need to show 
How deep is your love 

How deep is your love, How deep is your love 
I really need to learn 
Cause we’re living in a world of fools
Breaking us down 
When they all should let us be
We belong to you and me

I believe in you 
You know the door to my very soul 
You’re the light in my deepest darkest hour
You’re my saviour when I fall 

And you may not think 
I care for you 
When you know down inside
That I really do
And it’s me you need to show
How deep is your love 

How deep is your love, How deep is your love 
I really need to learn 
Cause we’re living in a world of fools
Breaking us down 
When they all should let us be
We belong to you and me


【ビージーズ「愛はきらめきの中に」1977年】

朝日に照らされた 君の眼差し
土砂降りの中の 君の温もり
君が僕から 遠く離れていってしまう時は
腕の中でもう一度 君を感じていたい

君は夏のそよ風に乗って 僕の所へやって来て
君の愛で僕を温かく包み そしてそっと去っていってしまう
僕に教えて欲しい
君の愛が どれくらい深いのかを

君の愛はどれくらい深いのだろう 君の愛はどれくらい深いのだろう
どうしても知りたいんだ
だって 僕たちは愚かな世界で生きているから
酷くがっかりさせられるような・・・
彼らが僕たちをそっとしておいてくれたら
君と僕は 一緒にいられるのに

君を信じている
僕の心の扉を 君はわかってくれている
僕が深い闇の中へ堕ちてしまっても 光となってくれる
そして落ち込んでいる時には 君は救世主に
 
君は そうは思っていないのかもしれない
僕が君のことを 気にかけているということを・・・
でも心の奥底では きっとわかっている筈さ
だから 僕に教えて欲しい
君の愛が どれくらい深いのかを

君の愛はどれくらい深いのだろう 君の愛はどれくらい深いのだろう
どうしても知りたいんだ
だって 僕たちは愚かな世界で生きているから
酷くがっかりさせられるような・・・
彼らが僕たちをそっとしておいてくれたら
君と僕は 一緒にいられるのに
昔は、本当にいい曲があった
今はジャズ界は素晴らしいが、ポップスの方はどうもいただけない
闇の勢力に毒されてしまっているからなのだろうか
この曲の中でも「僕たちは愚かな世界で生きているから」と歌っている
この頃のポップス界は、まだその「愚かな世界」に毒されていなかったのだろう
しかし、そっとしておいてはくれなかったようだ

今は、音楽の価値が極端に下がってしまっている時代
ハクスリーのSF小説「すばらしい新世界」では、イエス・キリストに代わって、T型フォードの大量生産で名を馳せた自動車王フォードが神(預言者)として崇められている
現在のポップスもアーティスティックなものは求められなくなり、今や大量生産型の使い捨てミュージックへと成り果ててしまっている
音楽だけでなく、すべてにおいて便利さを追求しすぎたせいで、どうやら人間性を失いつつあるようだ
ハクスリーの未来透視能力は素晴らしいが、そんな社会に疑問を持っている人も少なからずいる筈だ
ひょっとしたら彼らの行動次第で、偽ではなく本物の「すばらしい新世界」がやって来るかもしれない
機械に頼るのではなく、目に見えないものを大切にする新世界が・・・


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僕は憲法改正は反対ですが、ネットでは多くの人が今のままの憲法は危険だとしています。
憲法改正反対は所謂「反戦」であって、「反戦」という言葉は聞こえはいいですが戦争を放棄するということであって、つまりどこかの国がこの国に戦争を仕掛けてきたとしても反撃ができないので、簡単に占領されてしまうことになるのだから危険だとしています。
(その場合、自衛隊が出動すると思いますが・・・)
改憲反対はキレイごとであって、お花畑だというのです。
そして自民が圧勝したのだから、憲法改正は民意なのだと主張します。
憲法改正を決断したのは国民なのだと・・・。
そう考えるのが常識的だとして、民意ではないと主張する者を笑い者にしたりしています。

本当にそうなのでしょうか?
前回の記事にも書きましたが、自民自らが反対勢力(のフリをした)の新党を結成しては壊し、また結成しては壊すということを繰り返して、自民以外に支持できるような政党ができないようにしてきているのです。
それだけではなく今はテレビを見る人も少なく、殆どの人はネットから情報を得ています。
ネットは、もう立派な大衆操作ツールです。
どんなに選挙規制が行われていようと、ネトウヨが吠えまくればそれだけで効果絶大です。

アメリカ大統領選でヒラリー氏もそれをやられて落選していますし、アラブの春が起こったのもネットが普及したからでした。
ネットで国民を洗脳してしまうことなど、今は簡単にできてしまう時代なのです。
日本人がいかに特別な人種だとしても、長年のテレビという媒体や3S政策によって骨抜きにされてしまっている上に、更に強力なネットという大衆操作ツールが入ってきたことによって、政府にいいように操られるロボット人間が急増してしまっているのです。
それでも、今回の選挙の結果が民意だといえますか?

憲法改正の話しの続きですが、戦争を体験しているお年寄りの話しに、若者はもっと耳を傾けるべきです。
戦争は悲惨なものだと、二度と戦争など起こしてはならないと、戦争を体験したお年寄りは皆、口を揃えて話します。
悲惨な思いをするのは、自分たちの国だけではありません。
相手国の国民も、同じ思いをするのです。
そして戦争によって美味しい思いをしているのは、1%の富裕層たちだけということです。

国を守るには、ただ軍隊を強くすればいいという考え方は間違っています。
もしこの国が本気でそう考えるのなら、この国は北朝鮮となんら変わりがありません。
そして、戦争を食い物にしている国と同じ運命を辿っていくことになります。
自衛隊はあくまでも自分たちの国を守るためのものであって、自衛隊を決して敵国に攻め入るような軍隊にしてはならないのです。
もし自衛隊が軍隊化してしまったら、きっと欧米で多発しているテロがこの日本でも起こるようになると思います。

「日本人よ!目覚めよ!」という文句には、気をつけなければなりません。
強くなるということが、イコール覚醒するということではありません。
(それはアセンションなどではありません。)
そこを勘違いしてしまっている人が実に多い。
弱さを隠すために補強したって、根っこにある弱さは変わっていきません。
どんなに身体を鍛えて腕っ節が強くなったとしても、自分が強くなったような錯覚をしているだけで、芯から強くなっている訳ではありません。

右の頬を打たれても左の頬を差し出すような「覚悟」があるか、ということです。
その「覚悟」こそが、本物の強さです。
「反戦」には、その「覚悟」が必要なのです。
それは、武士道の精神です。
だから、その「覚悟」を持てるのは日本人だけです。
刀というのは、本来は人を切るためにあるのではなく、邪を払うためにあるのです。
(例えば、卑弥呼の時代では刀剣は単なる武器ではなく、異族の邪、悪霊・怨霊の邪悪を退ける「辟邪(へきじゃ)の霊器」と見なされていました。)

話しが逸れましたが、つまり真の平和とは物質的な力(軍事力)によっては齎されないということです。
これは、お花畑でも何でもありません。
自分の国に誇りを持ちながらも、相手国に対して尊重していくこと以外に平和への道はありません。
それは精神論的視点から見てですが、現実的な側面から見ても同じことがいえます。

前回の北朝鮮の核実験の威力は広島原爆の10倍でしたが、アメリカやロシアが保有している核の威力は北のそれとは比べ物にならず、実に広島の3000倍もあって、中には更にその倍の6000倍のものもあるといいます。
(最新の科学では、恒星を作ることも可能らしい)
ひとつの核爆発によって国が滅ぶどころの騒ぎではなく、ひとつの星が消えてしまいかねない威力です。
ミサイル実験が成功して金正恩が技術者たちと抱き合って喜んでいる写真をよく見かけますが、アメリカ、ロシア、中国の軍事力に比べれば足下にも及びません。
世界でもっとも危険なものは、その広島の6000倍もあるといわれる核だというのは言うまでもありません。
我々が今この世界で生きているということは、刃の上を歩いているようなものなのです。
軍事力(核兵器)が抑止力に繋がるなど、幻想にすぎないのです。
日本は唯一の被爆国として、平和運動の先頭に立っていかなければならない使命があると思います。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞授与が、地球の救いになればいいのですが・・・。

因みに、北朝鮮が1回の核実験で使う費用は500万ドル (約5億円)程度だといわれています。
アメリカは核の老朽化のためにこれから巨額の更新費用がかかるそうで、それが2024年までで3480億ドル(約35兆1340億円)という額らしいです。(去年の記事)
一方、国連食糧農業機関(FAO)が3年前に発表した報告書によれば、世界の飢餓人口 は8億500万人で、およそ世界の9人に1人の割合となっています。(これも去年の記事)
それから、世界の25億人(世界の人口の3分の1強)が、いまだトイレもない暮らしを強いられています。(これは5年前の記事ですが)
そのせいで、危険な感染症にかかる人も多いそうです。
核に使われている巨額の費用をすべて世界の貧しい人たちに回せば、世界の飢餓問題が一気に解決されるのは言うまでもありません。

話しを日本に戻しますが、日本も人ごとではなく格差は広がる一方です。
日銀の黒田総裁が幾ら財政出動したって、金持ちがみんなお金を溜め込んでしまってお金が循環していかないからインフレにならない。
だからワーキングプア、ブラック企業は増える一方です。
アベノミクスの実態は見ての通り、完全に金持ち優遇政策なのです。

正社員でもギリギリの生活さえ維持が困難だとか、拘束時間が長い派遣社員だとか、生活保護の水準以下の収入しかもらえない社員などなど、事態は極めて深刻です。
務めている会社がブラック企業だとわかっていても、 貧困だから辞められない人も多い。
そういえば一昨年に電通の社員が過労死して、電通のブラックの実態が判明してメディアでも大きく取り上げられましたし、4年前にNHKの記者が過労死していたことが先々月に開かれた遺族の記者会見で明らかとなりました。
高学歴ニートも増えているようです。
高学歴にも関わらず、一流企業に就職できずにそのままニートになってしまうのだそうです。
高学歴でさえそうなのです。
いかに雇用がないかということです。

今現在、人工妊娠中絶は年間約20万件ほど行われているそうです。
因みに出産件数は約100万件なので、5分の1の確率ということになります。
理由は様々ですが、やはり経済的な理由が一番多いようです。
また生涯独身で通す人も多く、結婚しても子供を作らない人も多い。
その理由も、将来に希望を見出せないからというのが多いです。

先日の衆議院解散総選挙で安倍首相が、財政赤字の削減に使う予定だった消費税の増税分を、幼児教育の無償化などの財源に充てることを公約に掲げていましたが、それがいったいどれほどの効果があるというのでしょうか?
選挙で消費税の使い道を変えるというのも、そもそも選挙で勝つための戦略にすぎなく、そこに心のこもったものが感じられません。
本当に少子高齢化問題を解決したいのであれば、もっと国民ひとりひとりが将来に希望を見出せる社会になるような政策をしてもらいたい。
しかし少子高齢化を問題視しておきながら、実はそれをむしろ押し進めているのは自民なんではないかと思ってしまうような政策ばかり打ち出しているのですが・・・。
(遺伝子組み換え食品が大量にスーパーなどに並んでいたり、ガンの原因となる電磁波を大量に出すスマホ⦅携帯⦆を普及させたり、予防接種やケム・トレイルなどもそうです。)
これも、人口削減を目的としている闇の勢力のご命令なのでしょうか?
また陰謀論になってしまって、申し訳ないのですが・・・。

その内にSF映画のように、タクシーの運転も料理も学校の先生までもがロボットがやるようになる時代が来るのかもしれません。
そうなったらすべての労働者は完全にいなくなり、生き残れるのは政治家とロボットを操るほんの一握りの富裕層だけ。
あぁ、なんとすばらしい(闇の勢力の)新世界。
オルダス・ハクスリーのSF小説をもじって・・・)
汚いゴイム(豚、家畜、人間奴隷)など、この世界からいなくなってしまえばいいのに。
1%の富裕層は、本気でそう考えています。
因みにゴイムとは、我々日本人も含まれています。
(本当は日本人はスファラディ・ユダヤ人という歴としたユダヤ系民族で、アシュケナージ・ユダヤ人こそが偽ユダヤ人なのだけれど・・・)
ジョージアガイドストーンに日本語がないのが、そのことを物語っています。
因みに中国語は、ちゃんと書かれています。

そういえば、中国の富裕層が北海道の土地を買いあさっているそうです。
その内に北海道が中国に乗っ取られてしまいます。
これは現代版のもっとも合理的で合法的な他国への侵略です。
竹島が尖閣がなんて言っている場合ではないです。
竹島や尖閣の時はあれほど国会で大騒ぎしたのに、このことはまったく触れもしない。
不思議なものです。
考え方によっては、北朝鮮の挑発よりこっちの方がよっぽど問題なのに・・・w
2017092607
(ツマグロヒョウモンの雌)


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